2007年12月31日

大晦日を迎えて

除夜の鐘

  今年の前半は比較的安定した経済情勢と政治に対する改革の期待とが相俟って、順調な滑り出しでしたが、その後、金と政治にまつわる問題や年金問題、さまざまな偽装事件が相次ぎ、この一年の世相を表わす漢字が『偽』となるなどすっきりしない一年になってしまいました。また、アメリカにおいて低所得者向けの住宅ローンである「サブ・プライム」の問題が発生し、世界経済に暗い影を落とすことになりました。更に、急激な原油や食糧の高騰が企業や家計を直撃し、先行きの不透明感は拭い去れない状況です。
  教育界においても「ゆとり教育との決別となる次期学習指導要領」の骨格づくり、「国際学習到達度調査」や「全国学力テスト」の結果公表、「私立高校の大学合格者」の水増しのほか「家庭教育力の低下」、「社会人の教員登用拡大」、「教員免許の更新制」等さまざまな問題に揺れ動いた年であったように思います。
  このような下で、大晦日を迎えることになりましたが、皆さんもそれぞれ今年一年を振り返り、反省をしつつ、来年への抱負を胸に秘めておられるのではないかと思います。
どのような時代にあっても何らかの課題は常にあるものですが、プラス思考で切り拓いていきたいものです。

  今年は、公私にわたり、実に多くの方から暖かいご支援をいただき、心より感謝しています。
明日からはいよいよ平成20年(2008年)を迎えますが、新たな気持で力強くスタートしたいものです。

2007年12月30日

日本の伝統と文化~年越しそばと除夜の鐘~

年越しそば

  一年を締めくくる大晦日の夜を一年の日ごよみを除くという意味で除夜と言います。この大晦日には暮れゆく年を惜しむという意味で昔から色々な行事が行なわれてきています。その代表的なものが年越しそばを食べるという風習ですが、これは江戸時代中期から始まったようです。そばを食べるのは〝伸ばして細く長く伸びるので、寿命や身代、家運が長く伸びる〟ことに繋がる、〝金細工師が1年の作業を終える時に、そば粉を丸めて散らかった金粉を寄せ集めていたことからお金が集まる〟〝そばは切れやすいので、旧年の苦労や災厄を切り捨てる〟〝そばは風雨にあたっても、翌日陽が射すと起き上がるということから捲土重来を期す〟等といった意味が込められているようです。
  また、除夜の鐘をつきますが、この風習は中国の宋の時代に起こり、日本には鎌倉時代に伝来したと言われています。新たな思いで新年を迎えるために、今年一年の自分の行いを改めて振り返り、至らなさや愚かさをしみじみ反省しながら除夜の鐘と共に洗い流すというものです。除夜の鐘は108回つくことになっていますが、これは人間の煩悩の数なのです。
即ち、人間の感覚を司るのは、眼、耳、鼻、舌、身、意の六根。これに好(気持が良い)、悪(嫌だ)、平(何も感じない)の3種類。また浄(きれい)と染(きたない)の2種類。最後に現在と未来、過去の3つ。これだけの組み合わせを考えると6×3×2×3=108ということになるとのことです。
  参考までに、正式な数珠の数は、人間の煩悩の数と同じ108個です。簡易タイプとして54個(2分の1)や27個(4分の1)が使われていますので、確認しておいてください。

2007年12月29日

服喪中の年末・年始の心得

喪中

  年々、高齢化の進展に伴い、親族が亡くなられて寂しい年の瀬を迎えておられる方も多いのではないかと思います。
  もともと中国では、父母が亡くなると3日間は断食、その後粥を食し1年間は粗飯のみ、1年経って始めて野菜や果物を、3年経って酒・肉が許されるという厳しいものだったようです。しかし、昔と比べると、忌中や喪中の謹慎の仕方は随分変わってきました。
今の日本では、父母の死は忌の期間が49日、喪の期間は1年で、葬儀や法要といった特別な場合以外は喪服を脱ぎ、日常と変わらない生活を送るようになってきていますが、年末・年始にはいくつか留意しておくべきことがあります。
  年賀状を欠礼するということは一般的になっており、既に12月の初めには喪中葉書を送られておられると思います。それでも、喪中の出していない方から年賀状をいただいた時には、松の内が過ぎてから寒中見舞いという形でお送りします。また、正月用の門松や注連縄の飾りつけは行なわない、鏡餅やお節料理も準備しない、神社への初詣も避ける、年始の挨拶は避ける、というのが一般的です。そして、年末の慌しい中ですが、お墓参りをしておくということも大切です。

2007年12月28日

日本の文化と伝統 ~門松と注連縄~

注連縄

  今年もあと4日になってしまいました。以前は、ほとんどの家庭で、掃除や料理等お正月を迎えるための準備をしたものですが、最近ではお正月を自宅ではなく、海外やホテルで過ごされる人も増えてきているようです。また、デパートやスーパーも元日から通常の営業をするようになってきているため、年々日本古来のお正月らしさが失われつつあるように感じます。
  このままでは、日本の文化や伝統が早晩忘れ去られてしまうかも知れませんので、これから何回かに分けて触れてみたいと思います。
  お正月の飾りとして玄関口に門松と注連縄(しめなわ)を飾ります。これは正月に降臨する(天から降りてくる)年神様にわかるよう目印となるものです。また注連縄は縄ばりを侵すという言葉があるように本来一本の縄が境界を示しており、占有・立ち入り禁止のしるしを表すものであり、正月に注連縄を張るのは、家の中に悪霊を入れず穢れをぬぐい去り無病息災・家内安全を祈るものです。
  この飾りつけを行なうのは、29日と31日は避けることになっています。29日は「二重苦」、9の末日なので「苦待つ」に通じる、また31日は「一夜(一日)飾り」と言って神をおろそかにするという理由です。
できれば、今日(28日)か30日に飾りつけていただきたいものです。

2007年12月27日

日本の伝統と文化 ~干支の由来

十二支

  日本では、恐らく自分の生まれた年の干支を知らない人はいませんし、毎年、師走に入ると来年の干支を考えて年賀状を作成している人も多いのではないかと思います。また、その年の干支に当たる人を年男・年女と称し、お正月や節分などで催される様々な行事に借り出され祭主をつとめることもよく見られます。このように干支は我々にとってごく身近なものになっており、ねずみ、うし、とら・・・いのししという動物を指すものが一般的になっています。
  しかし、本来の意味は“干支”と書くように干(かん)と支(し)の組み合わせのことをいうのです。古代中国では十干(10進法)と十二支(12進法)によって、年・月・日・時・方位・角度・物事の順序等多くのことに使っていました。農業と狩で日々の糧を得ていた当時の人々は字が読めなかったため、作物の成長度をはかるため一年を12に分け、わかりやすいように動物を当てはめたと言われています。
日本では、十干を省いた十二支が一般的に干支(えと)と呼ばれるようになりました。そして、子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)、巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い)の12に振り分けられました。
  暦にはなお五行陰陽思想による十干が残っています。自然界は木、火、土、金、水の五つの要素で構成されており、更に“陽”を表す兄(え)と“陰”を表す弟(と)に分けると、10になります。これが十干と言われるものであり、木の兄(きのえ=甲)・木の弟(きのと=乙)、火の兄(ひのえ=丙)・火の弟(ひのと=丁)、土の兄(つちのえ=戊)・土の弟(つちのと=己)、金の兄(かのえ=庚)・金の弟(かのと=辛)、水の兄(みずのえ=壬)・水の弟(みずのと=癸)となります。
  そして、年の呼び方には、10(十干)と12(十二支)の最小公倍数である60通りがあるのです。このようにして暦は60年経つと元に戻ることになります。これが還暦です。平成18年は丙戌(ひのえいぬ)、平成19年は丁亥(ひのとい)、そして、平成20年は戊子(つちのえね)となり25番目にあたります。そして平成21年は己丑(つちのとうし)になるのです。ちなみに組み合わせの1番目は甲子(きのえね)であり、甲子園球場が出来たのは1924年、大正13年です。
                           ≪続く≫

2007年12月26日

保護者の皆さんとお話して ~安易な選択~

自学自習

  大学進学について、保護者の方からよく受ける相談は「子どもにはあまり無理をさせたくないので、指定校の推薦はどうすれば受けられるのでしょうか」というものです。これまでも何回か大学進学について取り上げてきていますが、
  2007年からは「大学全入時代」に入り、学校や学部を選ばなければ全員が大学に進学できるようになりました。少子化が進む中で定員割れする大学が続出してきており、多くの大学では生徒獲得のために指定校の枠を増やしたり、形式だけのAO入試を導入するようになってきています。この結果、十分な学力がついていないにもかかわらず、無試験で大学に入学する人も出てきます。そして、大学においても大した勉強をせず、社会に出るということになります。
  これでは、社会で役立つ力が身につくことはありません。大学を選ぶ際に是非確認しておいて欲しいのは、先輩達の卒業後の進路です。大学の学部によっては、ほとんど就職先がないところもあります。これでは何のために大学に進学したのかということになってしまいます。
  大切なのは、より高い目標を設定して、その達成のために努力するというこです。この努力が報われた時には、大きな自信に繋がり、次により高い目標にチャレンジできるようになるのです。そして、気がついてみれば人間的に一回りも二回りも成長しているということになります。子ども達が挫けそうになった時に暖かく包み込み、励ましてやるというのが親としてのつとめではないかと思います。目先のことに目を奪われて子どもを安易な方向に導くことは、決して子どもの人生にとってプラスにならないでしょう。

2007年12月25日

クリスマスにあたって

七面鳥

  Christmas(クリスマス)の語源は「クリストゥス・ミサ」、christ(キリスト)のmas(礼拝)というラテン語からきています。クリスマスの発祥は古代ローマに至ります。当時のローマでは、太陽神を崇拝する異教徒が大きな力を持っており、彼らは冬至の日に当たる12月25日を祝日としていました。冬至というのは昼が最も短くなり、この日以降夏至の日まで太陽が地を照らす時間は次第に長くなっていくことから新しい太陽の誕生日とされていたからです。当時のローマ皇帝であったコンスタンティヌスとローマ教会は、彼ら異教徒との対立や摩擦を避けてキリスト教を広めるために智恵を絞り、12月25日をキリストの誕生日であるとし、クリスマスを広めたと言われています。
  日本では政教分離の原則から祝日となることはないと思われますが、全世界を見るとこの12月25日を祝日としている国は数多くあります。キリスト教信仰が根づいている地域では、この前後にはクリスマス休暇をとって里帰りし、久しぶりに会った家族や友人達と家で食事をしたり、教会にお祈りに行くのが一般的になっています。そのためヨーロッパの国々では、12月24日から1月1日までがクリスマス休暇となっているのです。
日本でもお正月に故郷に帰省しますが、〝ふるさとを思う気持〟は洋の東西を問わず共通しているようです。
  これまで日本は他の国の行事や文化を取り入れて独自の形に焼き直してきていますが、現在日本で行なわれているさまざまな行事のルーツを知っておくことも大切ではないでしょうか。間もなく新年を迎えますが、正月の過ごし方も以前とは随分と変化してきているようです。この機に日本の伝統や文化というものを見直してみるのもいいのではないかと思っています。

2007年12月24日

クリスマス・イブ

クリスマスツリー

  本日12月24日はクリスマス・イブということで、町中いたる所がクリスマスツリーや電飾で飾られ、ケーキやプレゼントの箱を持った人を多く見かけ、この時期独特の賑わいを見せています。
クリスマスツリーの発祥はアダムとイブの智恵の木(リンゴ)であると言われています。葉が落ちるリンゴの木の代わりに、一年中葉が落ちないモミの樹を用います。飾り付けに使う光沢の玉はリンゴの実、頂上に飾る星はキリスト降誕の星であると言われています。
  クリスマスケーキを日本に広めたのはお菓子メーカーの不二家であると言われています。日本のクリスマスケーキは、生クリームをふんだんに使い苺やチョコや砂糖細工で飾られたものですが、こういったケーキは日本だけのものです。フランスのケーキはブッシュドノエルという丸太を模ったココアのケーキ、ドイツではシュトレーンというフルーツやナッツのパンケーキを作ります。イギリスでは家庭ごとにレシピが違う蒸しパンのようなプディングを作り、中にコインなどを入れて運勢を占ったりするそうです。ケーキにロウソクを灯したりするのも日本はじめ数カ国だけの習慣のようです。
  わが国においてクリスマスといえば、クリスマスパーティーやクリスマスプレゼント、クリスマスディナーやクリスマスセールといった、賑やかなお祭りであり宗教色の薄いものになっています。クリスマスのルーツは古代ローマにまで遡り、非常に宗教色の強いものでした。
  このことについては、続いて明日紹介しようと思います。

2007年12月23日

保護者の皆さんとお話して~大学への進学~

授業中

  保護者の方々の悩みの一つは、子どもの将来の進路であるのは間違いありません。わが子の幸せを願わない親はありませんが、お話していて気になるのは“国公立大学を目指したい。 もし駄目でも有名私立学校には何とか進学させたい”という大学進学への気持が強すぎる、言い換えると大学への進学が最終の目標ということになっていることです。
  大学への進学は手段であって目的ではありません。確かに、以前は有名私立大学を卒業して一流会社に入社すれば一生が安泰である、というような風潮があったのは事実です。しかし最近ではこのようなパターンは崩れてきています。社会で必要とされるのは「○○大学を出た」ということではなく、「何が出来るのか」「何をしてきたか」ということなのです。大学に合格した途端に〝燃え尽き症候群〟になり、勉強する意欲がなくなってしまう人、当初考えていた大学生活と現実との差に失望し、夏休みまでに学校に来なくなってしまう人も少なからずあるようです。また、折角就職しても3年以内に会社を辞めてしまう人が3割もいるのです。このような事態を防ぐためには、将来どういう分野に進みたいのかをあらかじめ考えて、学部や学科を選ぶことが大切ではないかと思います。どの職業につくかという明確な目標がなくても、大まかな方向は決めておいた方が良いでしょう。
 
  将来の進路は最終的には子どもに決めさせなければなりませんが、親として考える材料やきっかけを与えることが大切です。そのためには、家庭において、世の中のトレンド、世界や日本の社会情勢、仕事に関する内容等をさまざまな機会を通じて話をしてあげる必要があると思います。
この休暇中には是非このような場を持って欲しいものです。

2007年12月22日

授業納め式にあたって

  12月22日(土)、本年の授業が終了することに納めの日を迎えましたが、生憎の雨天のため放送で次のような話をしました。
  〝皆さん、おはようございます。今日は生憎の、雨天になってしまったので、放送でお話します。
皆さん、元気で挨拶できましたか? 服装はきっちりしていますか? ネクタイやリボンボウはしっかり結べていますか? ネクタイやリボンボウのゆるみは気のゆるみにつながります。しっかりと結びましょう。
 さて、今年も残り少なくなってきました。皆さんにとって、今年はどのような一年でしたか? 今年のお正月には、きっと色々なことを計画したと思います。今、振り返ってみるとどうですか? 自分の思いどおりにやれた人もあれば、ほとんど計画倒れになってしまった人もあるでしょう。計画が思いどおりにいかなかった人は、何故そうなったのかを是非反省してください。そうしないと又、同じ失敗をすることになってしまいます。これから約半月間の休暇に入りますが、今年の反省をきっちりやって、新しい年を迎えましょう。そして、規則正しい生活を守って普段できなかったことに大いにチャレンジしてください。
  さて、高校3年生の皆さんにとっては、いよいよセンター入試が目前に迫ってきました。高校生活の総仕上げという前向きな気持ちで臨んでください。オリンピックでも同じですが、何事もコンディションづくりが大切です。これからは健康に留意し、最高のコンディションで入試本番に臨んで欲しいと思っています。そして、1月8日には全員元気で登校してくれることを心から願っています。
  皆さん、良いお年をお迎えください。〟

2007年12月21日

保護者の皆さんとお話して~子どもの進路~

授業風景

  今週は各学年共、個人懇談を行ないましたが、常に校長室の扉を開けっ放しにしているため、懇談を終えた数多くの保護者の方が立ち寄られ、色々なことをお話になりました。その内容は大きく分けると、子どもの進路に関するもの、家庭での学習に取り組む姿勢に関するもの、学校に対するさまざまな要望や不満といったものです。これらは、ほとんどの保護者が感じておられることだと思いますので、私がお話した内容を何回かに分けて紹介したいと思います。
  最初の子どもの進路に関する悩みには次のようなものがあるようです。〝あなたの好きな道を選びなさいと言っているがなかなか進路が決まらない〟〝○○大学に進ませたいと思っているが本人がなかなかその気にならない〟〝あまり無理をさせたくないが、どうしたら良いか〟といった内容です。
  このことを聞いて感じるのは、放任しすぎても駄目だし、反対に親の意向を押し付けてもいけない、ということです。将来好きな道を選びなさいといっても、子ども達が社会のことやどのような職業があるかといったことまで解っている訳ではありません。学校としてもさまざまなキャリア教育を行なっていますが、子どもの将来について、親が相談に乗ってあげて欲しいと思います。また、大学進学にあたっては、親が大学を決めるのではなく、あくまで本人が将来やりたい分野を決めた上で、学部や学科を選び、その上で最終的に受験する大学を決めるということが大切です。更に、親があえて安易な方向を選ばせるということは、将来的にもチャレンジしない人生を歩ませることになります。
「親」という字は、木の上に立って見ると書きますが、目先のことを考えるのではなく、大きな愛情で子ども達を見守って欲しいと思います。
  私も、これまで民間企業で永年数々の経験をしてきましたので、少しは社会のことを知らせることができると思っていますので、将来の進路等については遠慮なく相談してください。     ≪続く≫

2007年12月20日

大手前大学高大連携協定調印式

大手前大学

  12月20日(木)、大手前大学の夙川キャンパスにおいて高大連携協定に関する調印式を行ないました。大手前大学からは川本皓嗣学長、浦畑育生副学長、芦田秀昭入試広報部長、村瀬正邦事務局長、本校からは私と松石進路指導部長が出席しました。本校との連携については、芦田教授が中心となって、高校生のために心理学や建築・デザイン、異文化理解などの講座を特別に開講いただいています。これらの講座は既に本年5月からスタートしており、17名の高校2年生が12回にわたり受講を終えているため、事後の協定ということになります。講義の開始は4時30分からとなっており、高校の授業が終了してから大学に通うということになりますが、受講した生徒達の感想を聞くと随分興味を持って受講したようです。 
  大手前学園は第二次世界大戦終結後の1946年(S21年)に「情報豊かな女子教育」を基本の精神として大手前ビジネスカレッジとして開校され、その後女子短大、大学の設立を経て2000年(平成12年)、Study for Life(生涯にわたる人生のための学び)をモットーに、大手前大学として新たなスタートを切って、今日に至っています。学部としては人文科学、社会科学、メディア・芸術・建築・自然科学を中心に、学際的・複合的領域をカバーする、リベラルアーツ型大学として、自己発達とコミュニケーション能力を重視したユニークな教育を行なっています。
  調印式の後、新しく完成したばかりの屋上庭園や図書館、教室、会議室等を見学させていただきましたが、いずれも素晴らしい施設でした。
  現在、本校では、いくつかの大学と連携していますが、これからも早期に生徒が将来の進路選択を行なうことができるよう、このような取り組みを強化していきたいと思っています。

2007年12月19日

教育実習の事前打ち合わせ

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  12月18日(火)、来年度の教育実習生に対する事前の打ち合わせを行ないました。これまで本校では、卒業した生徒が教育実習を希望した場合には、原則受け入れてきました。ところが年々希望者が増加する傾向にあり、本年度は実に20数名の学生が実習を行ないましたが、当然のことながらこの期間中は実習生に対する個別指導や授業に対するフォローが加わるため、多大の時間と労力を要することとなりました。また学生の中には、最初から教職以外の仕事を目指している者、単に母校での教育実習を通じて自らの経験を積むことが目的の者、積極性に欠けるなど実習姿勢に問題のある者も数多く見られました。これでは将来の優秀な教員を育成するという教育実習の目的から遊離することになってしまいます。
  このような反省に立って、今回、実習生たちに自覚をうながすための機会を設けたということです。冒頭、私は教育実習に対する心構えや日常の勉強について、多少厳しく話しました。教えることは、何倍もの学力が必要ですし、何と言っても熱意と誠意が要ります。 
  今回の参加者は26名でしたが、実際に教職を目指しているものは半数です。色々なことを質問してみましたが、残念なことにあまり勉強していないことが窺い知れました。また頭髪、服装等の身だしなみについても生徒の範とならない者も一部見受けられました。
  先日の“企業で働くビジネスマンが新入社員に望むこと”というアンケートで指摘されていた第1位は、社会人としての基礎知識ですが、これは教師にとっても絶対に身につけておかなければならないことです。
  これからしっかりと自己研鑽を積み、明確な目標を持って教育実習にのぞんで欲しいと思っています。

2007年12月18日

〝成功と失敗〟4つのパターン

  世の中には成功と失敗が交錯していますが、この結果は必ずその人の努力の大小と一致しているわけではありません。必死になって努力したのに、成功することが出来なかった人もいれば、ほとんど努力しなかったのに成功を収める人もあります。
  しかし、平均の法則と言われるように、必ず人生には成功と失敗が繰り返されるものです。失敗し続ける人もいなければ、成功し続ける人もいません。
  昔から伝えられている諺(ことわざ)に“失敗は成功の母”があります。この言葉の意味は、失敗の教訓を生かして取り組めば成功に結びつくということです。しかし、現実的には失敗した人が次に必ず成功するとは限りません。失敗の反省をしっかりしなければ、同じような失敗をしてしまうことが多いのです。“失敗は失敗の母”でもあるのです。
  次に、成功にも失敗と同様に2つのパターンがあります。ともすると人間は成功した場合には、自分の実力であると錯覚してしまいます。しかし成功の要因というのは、運が良かったということもありますし、多くの人々の支援があったからということもあるのです。成功しても驕ることなく、自分はまだまだ未熟であるという思いで、更なる努力を続ければ次の成功に結びつきます。つまり、“成功は成功の母”ということになります。
  成功した時に最も気をつけなければならないのは、自分の実力を過大評価して、驕りの気持が生ずることです。そして、努力を怠ってしまうと次には大きな失敗をすることになります。まさに“成功は失敗の母”であり、このパターンは数え切れないくらい随所に見られます。
  たとえ成功しても、失敗しても、更に努力を重ね、支えてくれている多くの人に感謝する気持を忘れないことが何よりも大切であると思います。

2007年12月17日

反省なきところ進歩なし

定期考査

  先週一杯で定期考査の答案もすべて返却されました。一人ひとりの成績もまとまり、明日からは個人懇談が始まります。努力したことが報われ高い点数に結びついた者もあれば、努力したにもかかわらず思い通りの結果が得られなかった者、日頃の努力不足がそのまま結果に反映された者、等さまざまだと思います。
  ともすると試験の結果に一喜一憂しがちですが、そのまま放置しておけば同じ失敗を繰り返すことになります。大切なことは、何が出来て何が出来なかったのか、どうして出来なかったのかをしっかりと反省し、同じ問題が出された時には必ず解けるようにしておくことだと思います。
  できなかった原因を反省し、次に備えるということは、勉強に限らずスポーツにおいても仕事においても同様です。プロ野球を取り上げても、一流と言われる打者は必ず試合後バットの素振りを欠かしません。特に大事な場面で打てなかった時には、納得できるまで素振りをするそうです。
  成長するかしないかは、この反省するという姿勢にかかっています。“反省なきところ進歩なし”。もう一度、返されてきた答案を見直しましょう。そして、出来なかったことを確実に出来るようにしましょう。このような習慣は、将来社会に出た時に、きっと役立つことになると思います。

2007年12月16日

センター入試本番に備えて

  いよいよ大学センター入試まで1ヵ月になりました。今回初めての試みとして12月13日(木)、14日(金)の両日、センター入試の本番に合わせたセンタープレテストを実施、高校3年生の約8割にあたる168名が受験しました。
  センター入試の細目については既に発表されており、それぞれの生徒は志望校に合わせて受験スケジュールを立てていますが、今までこれに沿って受験したことは一度もありません。生徒達はこれまでさまざまな模擬試験を受験してきていますが、センター入試とは受験教科の順番や休憩時間、日程等異なるところも数多くあります。
  主な違いをあげると、模擬試験はほとんど1日で実施されるため休憩時間は10分しかありませんが、センター入試は2日にわたり実施され休憩時間も45分あります。また、試験開始から終了までは実に8時間以上にわたっていますし、試験会場も男女別になっています。そのためこのプレテストでは開始時間も時間割りもすべてセンター本番どおりとしました。
  例えば、理系の受験生の場合には、1日目には9時30分から10時30分まで現代社会や倫理・政治経済を受験した後、13時30分から国語総合を受験することになっています。この間の待時間は3時間もあり、この後、英語を受験し、最後の英語リスニングが終了するのは17時55分です。そして、2日目も9時30分から18時まで理科や数学の試験が続きます。
  精神的にタフでなければよい結果を得ることは出来ませんし、緊張感をどのような形で持続させるのかがPOINTになってくるのです。英語のリスニングについても機器の扱い方に慣れていることも有利になります。今回のプレテストは生徒達にとっては大いに効果があったのではないかと思います。
  1ヶ月後のセンター本番で日頃の実力を遺憾なく発揮して欲しいものです。

2007年12月15日

ニュージーランド研修最終説明会の開催

  12月15日(土)、14時よりニュージーランド比較文化研修にあたっての最終の保護者説明会を開催しました。この研修については既に何回か紹介しているようにワイカト大学が運営するホームステイ・プログラムを活用してニュージーランドの家族と一緒に生活することによって文化、生活習慣、宗教、考え方の違いを実際に体験することで、相互の理解を深めることを狙いとしています。
  今回は13回目ということになりますが、国際科の高校2年生13名が来年の1月11日から3月15日までの9週間の研修に参加することになっています。
  私は冒頭の挨拶で次のような話をしました。〝出発まで1ヵ月足らずになったが、ニュージーランドは日本と季節が逆で、これから暑さが増してくるので、体調管理をしっかりやって欲しい。今、世界にはそれぞれ異なる生活習慣や考え方を持つ66億の人が住んでいる。ニュージーランドに行って驚くことがたくさんあると思うが、大切なのは「まず受け入れる」という姿勢である。若い時に外から日本を見ることができるのは素晴らしいことであり、この経験はこれからグローバル化がますます進展する中にあって大いに役立つものである。出発までの間に、是非日本のことをしっかりと勉強し、日本の良さを伝えることができるようになって欲しい。同時に、ニュージーランドの色々なことについても調べておいて欲しい。〟
  その後、ワイカト大学のスタッフから諸注意があり、続いて2年前にこの研修に参加し、現在大学生になっている3名の学生から体験談を語っていただきました。生徒達は期待と不安の入り混じった表情で真剣に話しに聞き入っていました。全く同じ研修を受けても人によって成果に大きな差が生じるのは、積極性のいかんではないかと思います。
  〝経験が人をつくる〟という言葉がありますが、今回の研修においても失敗を恐れず果敢にチャレンジしていって欲しいものです。
  なお、国際科での本研修は最後になりますが、これまで培ったノウハウをしっかりと引き継ぎ、来年度以降は夏休みを中心に普通科の生徒を対象として実施していく予定です。

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2007年12月14日

地球環境を考える~キューバの有機農業2~

  前回、深刻な食糧難を克服するために、キューバが国を挙げて有機農業と都市農業の推進体制の強化をはかったということを紹介しました。具体的には人々は空き地を開いて畑にし、トラクターを使う代わりに牛を使って土地を耕し、輸入できなくなった化学肥料の代わりに生ゴミを集め、ミミズを使ってそれを堆肥に変えることで土地の養分を増やしました。また、コンクリートのベランダや屋上に、ブロックやベニヤ板で囲いを作り、その中に堆肥などを混ぜた土を入れ、有機菜園に作り変えました。この有機農業は、まず人口の多い首都ハバナを中心に都市部から広がっていきました。燃料となる石油が少なく輸送コストがかかることを考えれば、近場で賄うのは理にかなったやり方です。この試みは成功し、キューバは輸入に大きく頼っていた食料を、ほぼ自給自足するに至っています。キューバ全人口の約5分の1を抱えるバハナ市域では、およそ8000を超す農場や菜園によって野菜消費量の半分がまかなわれています。
  また、近年では農業以外の分野でも、太陽光エネルギーを利用する、水汚染を微生物で浄化する、医薬品の不足を薬草や鍼灸で補う、といった自然やバイオを利用した様々な試みがなされています。農業に始まったこの自立・自給の目標は現在、教育・医療・福祉と様々な分野に広がり、高度な「自給自足の国」と呼ぶにふさわしくなっています。こうしてキューバは現在、有機農業・環境保全型農業、バイオの先駆国として世界中の注目を集めています。
  キューバのこのような試みには、多くの学ぶべき点があるように思います。現在の日本は石油価格高騰、低い食糧自給率、農薬や化学肥料主体の農業など、かつてのキューバを取り巻く状況に類似した点が多く見受けられるからです。90年代にキューバを襲ったのと同じような危機が、今後日本にも起こらないとは限りません。既に世界各地で行なわれている近代的な慣行型農業の生産性には限界が見え始めており、今後こういった試みが世界各地で必要になってくるでしょう。
  キューバのように屋上菜園が発展し、東京や大阪、名古屋、横浜、福岡といった大都市が自給する都市に生まれ換われば、食糧の確保だけでなくヒートアイランド現象の解消や生ゴミの減少にも繋がることになります。
  住民一人ひとりが地球環境を守るという視点に立って、このような取り組みの輪を広げていくことが大切ではないかと思っています。

2007年12月13日

地球環境を考える~キューバの有機農業~

キューバ

  現在の日本が抱えている食糧問題を解決するためにはどのような方法があるのか、このためのヒントを与えてくれる国があります。
  この国はアメリカのすぐ南に位置するカリブ海最大の島、キューバです。面積は11万平方kmと、日本の本州の約半分で、人口は約1100万人。1492年、コロンブスにより発見されて以来、長くスペイン領として支配され、やがて形だけの独立のもと、アメリカの支配下に入ります。しかし、1950年代のキューバ革命後はアメリカを排除し、ソ連をはじめとする共産主義圏につくことになり、1962年には、核戦争への発展まで危惧された、キューバ危機で全世界を騒然とさせました。その後、1991年、キューバにとって生死を分かつ世界史的事件が起こります。それはソビエト連邦の崩壊という衝撃的な出来事でした。
  当時のキューバは、エネルギー資源・生活物資、そして食糧のほとんどをソ連や東ヨーロッパからの輸入に頼っており、食糧自給率はわずか43%でした。つまり現在の日本と同じ状況でした。当時農地で栽培されていたものの多くは、キューバ経済を大きく支えていた輸出用のサトウキビでした。しかし、その砂糖製品の大輸出先であるソ連が崩壊したことで、経済的に追い詰められていったのです。アメリカに経済封鎖されていることもあり、ソ連崩壊後の混乱の中で、キューバは深刻な食糧難に陥りました。キューバは優れた農業技術を持っていましたが、燃料である石油が不足するようになったため、農業機械を動かすこともできなくなり、それまで使っていた化学肥料や農薬も当然入ってこなくなってしまいました。
 このような中で、カストロ首相が提唱したのは、国家規模での有機農業と都市農業を推進する体制づくりでした。そして、約10年の歳月をかけ見事に環境保全型の有機農業国キューバとして生まれ変わったのです。どのような取り組みを行なったのでしょうか。
  この具体的な取り組みについては、次回以降に紹介します。  ≪続く≫

2007年12月12日

キャリア教育~職業人に学ぶ~

キャリア教育1 キャリア教育2

  12月12日(水)の5限・6限に高校一年生を対象に『職業人に学ぶ』というテーマでの進路学習を実施しました。この催しは例年この時期に実施していますが、社会のさまざまな分野で活躍されている方々に、それぞれの仕事の内容や体験を語っていただく事になっています。本校の生徒はほぼ全員が上級学校へ進学しますが、進学が最終目的ではありません。将来どのような方面に進むのかを決めた上で、進学先を決めるということが大切です。今回は宝塚武庫川ロータリーから8名、保護者5名、卒業生2名の計18名の方に講師をお願いしました。講師の皆さんのプロフィールは以下のとおりです。

  弁護士
  建築・設計 (建築設計室 代表者)
  コンピュータービジネス 代表
  ホテル業 (キャプテン)
  管理栄養士 (病院 栄養部室長)
  税理士 (税理士事務所 所長)
  理学療法士 (病院 リハビリテーション室)
  劇団演出家
  警察官 (警察署地域課長)
  病院薬剤師 (副薬剤部長)
  音楽家 (フルート奏者)
  新聞編集・新聞記者(編集部門)
  医師・大学教授 (国立大学医学部保健学科)
  司法書士
  幼稚園教諭 
  市議会議員
  会社員 (人材会社)
  会社員 (旅行代理店)
  生徒達は、あらかじめ18の講座の中から自分の興味のある2つを選び、受講しました。そのため講師の皆さんにはそれぞれ5限と6限の二回にわたり講演いただくことになりました。各講演共最初に30分から40分お話をいただき、その後質疑応答という形をとりましたが、生徒達は熱心に耳を傾けていました。終了後何人かの生徒達から感想を聞きましたが、「自分達の知らない仕事がまだまだたくさんあるように感じた」「話を聞いて将来やってみたいと思った」「想像していた以上に仕事の厳しさが解った」「将来やりたい仕事を見つけていきたい」といった答えが返ってきました。生徒達は今回の講演を通じて普段の授業では体験できない多くのことを学んだようです。
  現在、日本の生徒の学習に対する意欲低下が問題視されていますが、この原因として明確な将来目標がないということがあげられます。自分なりのしっかりとした目標を持つことができれば、学習に対する意欲も向上してくるのではないでしょうか。
  本校では、これからもさまざまな機会を通じて、このようなキャリア教育の充実につとめていきたいと考えています。
  お忙しい中、講演いただいた講師の皆さんに心よりお礼を申し上げます。  

2007年12月11日

高槻市立小・中学校校長研修会での講演

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  高槻市では小学校・中学校の校長先生を対象とした研修会を定期的に開催されています。12月10日(月)、この一環として『これからの学校経営のあり方~人材育成の観点から~』と題して約1時間半にわたり講演を行ないました。
  大阪府においては主として高等学校は府の管轄、幼稚園・小学校・中学校は各市の管轄になっています。この中でも高槻市は以前よりユニークな教育活動を展開することで知られています。最近では、平成13年3月「高槻市の教育改革について」を策定され、「信頼される魅力ある学校園」の実現を目指してさまざまな教育改革に取り組んでこられました。また、平成17年度からは、これらの教育改革を充実・発展させるために学校園2学期制の導入に向けた調査研究を始められ、翌平成18年度の試行を経て、本年4月よりすべての学校園において2学期制を導入されました。同時に地域や家庭と連携を深め、特色ある教育活動を創造し、より地域に開かれた教育改革を行なっておられます。
  これらを円滑に推進していくためには、高い資質を有する数多くの教員が必要ですが、これから続々と発生する団塊の世代の定年退職者の後を補充できる人材が育っていないのです。これは教育界だけの現象ではなく、日本のあらゆる分野における共通の課題です。
  人材育成というとすぐに「研修を受講させる」ということが頭に浮かびますが、これはあくまで理論研修であり、実践に結びつかなければ何にもなりません。最も重要なのは、仕事を通じて育てるというOJT(On the Job Training)なのです。そのためには校長や教頭はもとより、先輩教員が後輩を育てるという仕組みと風土づくりが必要です。また、学校の全体目標と個人目標が一致していなければなりません。人材育成における校長の役割は、各人に対してより高い目標を設定させることにより、能力伸長をはかるということです。
  民間の優良企業と言われるところは、例外なくこのOJTが徹底されています。「経営の根幹は人である」という言葉がありますが、まさに人材の質が経営を左右していくのは間違いないと思っています。

2007年12月10日

地球環境を考える~食糧問題4~

  前回、年間の食糧の廃棄が膨大な量(約2000万トン)であることを紹介しましたが、この内訳を見ると加工段階で発生するものが約400万トン、流通段階で発生するものが600万トン、消費段階で発生するものが約1000万トンということになっています。加工段階では缶詰を作る際の魚類の内臓やジュースを絞った後の果物の皮、絞りカスといったものがあげられますが、これらはある程度許容できるものであり、メーカーの取り組みにかかっています。また、流通段階ではコンビニやスーパーでの賞味期限切れや、買い手がないため廃棄されるといったケースが数多く見られますが、これは仕入れや在庫管理の精度を上げることで減らすことができます。このような加工・流通段階における食糧の廃棄は、それぞれの専門家に委ねざるをえず、我々の手に届かないところにあるように思います。
  しかし、食糧廃棄の半数を占めるのは消費段階で生じるものなのです。ある調査によると、各種のパーティーなどによる食べ残しは2割に近く、結婚披露宴にいたっては折角のご馳走の3割もが廃棄されているそうです。そして、何と言っても我々が廃棄について真剣に取り組まなければならないのは、我々自身でコントロールできる家庭から出る生ゴミなのです。これを、減らすにはどうすれば良いのでしょうか、例えば肥料として利用する、という取り組みが考えられます。それを用いて家庭菜園などができれば、多少の食糧を自給することも可能になります。
  家庭外では食べる量を考えて注文する、家庭では買いすぎに注意する、冷蔵庫内に保管している食品を常にチェックする、食べ残しをしない、食材をフル活用するといったこまめな取り組みが必要です。
  昨今は石油価格の高騰によって輸送コストが上がり、今後ますます輸入食品の価格上昇が予想されますが、これを機会に地球環境と家計の両方を防衛することを考えてはどうでしょうか。

2007年12月09日

地球環境を考える ~食糧問題3~

  日本の食糧問題は地球の環境とは切り離して考えがちですが、実は密接な関係にあります。主なものとしては、運送に使う膨大なエネルギー、食糧生産国における環境破壊、日本における生ごみ処理問題、棚田の消滅による荒廃地の増加等があげられます。
  日本は多くの食糧を遠く離れた国々から輸入しているため、飛行機や船に使う燃料は膨大な量にのぼり、大量のCO2を発生させることになります。以前にも取り上げたフード・マイレージ(食糧の輸入量と輸入相手国との距離を乗じたもの)は世界の国々の中で突出しています。また、日本に輸出される食糧を生産するために森林の伐採等が進んでいるのです。一例を挙げるとわが国における海老の消費は40年前の100倍になり、世界輸出量の3分の1を占めていますが、この海老の養殖のために南洋においてはマングローブの森が次々と伐採されているのです。
  このような大きな犠牲を払って輸入した食糧にもかかわらず、約3分の1にあたる2000万トンを廃棄しています。この残飯の総額は実に11兆円であり、処理費用に2兆円という膨大なコストがかかっているのです。そして、これらの残飯は生ごみとして焼却され更にCO2を発生させることになります。このような状況を食糧難に陥っている国の人達が見ればどのように感じるでしょうか。食事の前に「いただきます」と手を合わせるのも、すべての生物の命をいただいているという感謝の気持からなのです。今、我々がすぐにできることは“食べ物を粗末にしない”ことであり、生ごみを発生させないことではないでしょうか。

2007年12月08日

地球環境を考える~食糧問題2~

  わが国の食糧問題を考える場合、食糧自給が極端に低いということ以外に世界で最も食糧を無駄にしているということを見逃すことはできません。現在、世界では飢餓が原因で1日4~5万人、1年間に1500万人以上の人が亡くなっており、その70%が子どもであるという痛ましい結果が報告されています。このことは食糧の絶対量が足りないということではありません。世界の穀物の生産量は年間19億トンもあり、単純に計算すると世界の人が生きていくのに必要な量は十分確保されています。にもかかわらず、飢餓問題が生じるのは、一部の先進国が必要以上に食糧を費消しているため、すべての国に行き届かないということなのです。そして、食糧難に陥っている人達から見れば信じられないことですが、まだ十分食べられるものを廃棄しているケースも多いのです。
  日本は毎年約6000万トンの食糧輪入をしていますが、実にそのうちの3分の1である2000万トンを廃棄しています。この廃棄量は世界一の食糧消費大国であるアメリカを上回っており、世界の食糧援助総量を超えているのです。言い換えると日本で廃棄されている食糧で世界の飢餓を救えるということになるのです。お金の力によって世界中の食糧を買い漁り、その一部を食べないで捨てているという状況は、世界的にも非難されてしかるべきであり、恥ずべき行為であると考えなければならないと思います。日本の食について引き続き考えていきたいものです。    ≪続く≫

2007年12月07日

地球環境を考える ~食糧問題~

トウモロコシ
 バイオ燃料にも使用されるトウモロコシ

  日本の食糧自給率が低いということは、これまで何回かお知らせしてきましたので、皆さんもご存知のことだと思います。食糧自給率には金額を元に算出する方法もありますが、基本的には熱量(カロリー)をベースに算出します。その計算の上では、我が国における食糧自給率は40%しかありません。それも時代を追うごとに下がってきており、先日はついに39%という報道もなされました。また、主食となる穀物の自給率はわずか28%しかなく、これも世界の主要国の中でも最低の数字です。米はほぼ自給できているにもかかわらず、米離れが起こっているからです。
  都道府県別の自給率を見ても、100%を超えているのは北海道と東北の数県のみで、東京都に至っては1%しかありません。
  現在、全世界における食料生産量は、実は全人口をまかなうのに充分であるといわれています。ところが現実には、世界では8億人が飢餓で苦しんでおり、年間1000万人もの子供が餓死しています。こういったことが起こるのは、世界的に需給のバランスが崩れているのが原因です。一部の地域、つまり先進諸国が贅沢をしすぎることが問題であると言われています。
  今後、大方の予想では、世界人口の増加に伴い、食糧生産は追いつかないであろうと予想されています。化石燃料に代わるバイオ燃料が最近注目されていますが、材料はトウモロコシです。食糧問題が深刻になれば、長年の研究の末作り出されたこの燃料も作るわけにはいかなくなるでしょう。農地を増やすために森林を切り開けば、砂漠化や温暖化という環境問題に行き当たります。そして先日お話ししたとおり、農業のために必要な水が、大量に足りないという更なる問題があります。2050年には90億人に達するといわれる世界人口を支えるのは困難だとされています。
  そんな中で日本はいつまで食糧の半分以上を輸入に頼る生活を続けられるでしょうか。
日本は自給率のみならず備蓄も少ないのが現状です。もしなんらかの事情で輸入が止まることになれば、たちまち食料危機に陥りかねません。それ以外にも難民の大量流入の可能性なども懸念されており、今の日本は一転して食糧危機に陥る危険性を秘めているとも言われています。そういった事が、この流動的な世界の変化の中、この先起こらないという保障はどこにもありません。
  現在、わが国はこのような食糧事情にあることをまず国民一人ひとりが認識しておくことが大切であると思います。                     ≪続く≫

2007年12月06日

OECDの学力調査結果を受けて

新聞記事
     ※ 日本経済新聞より

  昨年OECD(経済協力開発機構)による、世界57カ国の15歳を対象に第3回目となる学習到達度調査が実施されました。日本の高校1年生は前回(第2回)2003年に行なわれた調査に比べて、読解力が14位から15位へ、数学的活用力が6位から10位へと低下、これまで上位であった科学的活用力も2位から6位に低下し、今回実施された3分野すべての順位が低下しているという結果となりました。この調査は3年毎に実施されていますが、2000年の第1回調査では数学的活用力が1位、科学的活用力が2位、読解力が8位であったことを見ると、世界トップであった学力が世界の平均になってしまうという、極めて残念な結果になっています。
  この調査を通じて、世界各国の注目を集めているのが北欧の国フィンランドです。フィンランドは今回の学力調査の結果でも、読解力で2位、数学で4位、科学で1位という高い成績を上げています。フィンランドは人口は524万人しかいませんが、世界経済フォーラムが毎年発表する国際経済競争力の順位でも、2001年から4年連続首位となる程の豊かな経済力を有した福祉国家として有名です。おかげで教育はすべて無償なので、子どもの勉強が家庭の経済力に左右されないという利点があります。教員の学力の質も高く、みな修士号を取得しています。そして、何よりも子ども達に考えさせる力を引き出しています。即ち、試験は丸暗記ではなく、小論文などの形式で行なわれることが多いようです。子どもたちも「勉強する」かわりに「読む」ことが多く、その中で必要なことは自然と覚えていくようです。
  フィンランドは、ユネスコ定義による高等教育機関への進学率が87%と世界第2位(第1は韓国)で、この教育水準の高さが、携帯電話の世界占有率39%を有するノキアに代表されるような世界有数の企業の輩出に繋がっていると言えます。
  本校も単なる知識詰め込み型ではなく、子ども達の持つ可能性を最大限に引き出す特色ある教育活動を推進していきたいと思っています。

2007年12月05日

変化への対応 ~トンボの眼~

複眼の代表格トンボ

  12月5日(水)、明日からの定期考査を前に朝の全校朝礼において、「複眼で物を見る」というテーマで話をしました。
  我々脊椎動物とは全く違う進化を遂げた昆虫たちは、自然環境に対応した卓越した身体能力を有しています。その中でも飛翔する多くの昆虫は“複眼”と呼ばれる眼を持っています。複眼は個眼と呼ばれる小さな眼の集まりですが、ハエは約2000個、ホタルは約2500個、トンボは約2万個もの個眼から構成された複眼を持っています。複眼の特徴は広い視野が得られるということであり、頭や眼を動かさなくても色々な方向の微小なものまで認識することが出来るのです。これは人類が有する高度な科学技術にも勝るとも劣らないほど、非常に高度なものです。動きの素早い獲物を捕らえ、鳥等の外敵から身を守るためには、広い視界を見渡し、細かい動きまで捉える眼が必要であるからです。目先のものしか見えず物事をくっきりと見ることができなければ、進化の過程において生き残ることはできなかったでしょう。
このことは我々現代人にもそのまま当てはまります。今の時代はグローバル化が進展する等従来とは比べものにならないくらい、大きく変化し続けています。このような状況下においては、一面的な物事の見方では判断を間違うことが多くなってきます。広い視野を持って、様々な角度・視点から鮮明な情報を集め、判断し、行動するということが必要なのです。まさに「変化はチャンス」です。「複眼で物事をとらえる」という能力を是非身につけて欲しいものです。
  明日からは、定期考査が始まりますが、全力を尽くしてください。

2007年12月04日

地球環境を考える ~温暖化・ツバルの悲劇~

ツバルの首都フナフチ
  ※ ツバルの首都フナフチの民家

  ツバルという国をご存知でしょうか。ツバルとは土地の言語で“8つの島”を意味し、その言葉通り南太平洋に浮かぶ島国です。オーストラリアやニュージーランドと同じイギリス連邦王国のひとつで、1978年に独立した新しい国です。人口は僅か1万人と世界で2番目に少なく、国土面積においても僅か26平方kmと世界で4番目に小さい国です。この雲雀丘学園のある宝塚市(人口22万人・面積100平方km)よりもはるかに小さい規模の国です。この国が近い将来、消滅の危機に瀕しています。
  ツバルは珊瑚礁の島で非常に海抜が低く、最高でも5m程しかありません。そのため地球温暖化によって、北極や南極の氷が解ける海面上昇の影響を大きく被ることになるのです。この被害は既に始まっており、海面が高くなったことによって砂浜は削られ、木は倒壊し、海岸は浸食されるようになってきました。海水に浸かった畑は塩が残ってタロイモが育たなくなり、井戸が海水に侵されたため飲み水すら足りなくなっています。また海水温が上がることで島を形成している珊瑚礁が浸食され魚の収穫も減りました。このため自給自足で生計を立てていくことすら苦しくなり、人々の健康にまで被害を及ぼし始めています。そして、このまま地球温暖化が進むと、この自然と共にある島はやがて海に沈むと言われています。そして、この現象はツバルだけにはとどまらないのです。
  これまで深刻な事態を軽視し環境を破壊し続けてきた多くの国、ひいては国民にも責任があります。今、地球温暖化防止に向けた国際会議がインドネシアのバリ島で開催されていますが、地球温暖化を少しでも抑えるために、我々一個人でもできる事は何かを考え行動に移していくことが必要なのではないでしょうか。
  これから我々が取り組むべき色々な温暖防止策の事例を紹介していきたいと思っています。

2007年12月03日

学園小学校保護者への説明会

学校改革の取り組み

  12月3日(月)、学園小学校の4年生・5年生の保護者の皆さんに対し、現在中学校・高等学校が取り組んでいる学校改革の概要について、説明させていただきました。ご出席いただいたのは130名を超える方々ですが、約1時間にわたり熱心に耳を傾けていただき、終了後も活発な質問が出されました。
  小学4年生・5年生というと、現在はまだ10歳前後です。この年齢でイチロー選手のように、自分の将来の進路について、はっきりとした考えを持っている子どもはほとんどいないと思います。現段階では、将来どのような道に進むのかは全くわからない、裏を返すと、さまざまな仕事に就く可能性があるということです。何をやるにも人間としてのしっかりとした基礎が必要なのは言うまでもありませんが、小学校の高学年の年頃は、この基礎づくりをスタートさせるという時期にあたります。〝将来社会で役立つ力〟は決して一朝一夕に身につくものではありません。日々の努力の積み重ね、言い換えると良い習慣づくりが何よりも大切なのです。
  この時期に早寝・早起き、バランスの取れた食事等の良い生活習慣を確立しておく、また、明るい挨拶やルール・マナーの遵守、整理整頓といった簡単なことの徹底をはかることは、その人の人生にとって大きな意味をもたらすことになります。そして、このような凡事徹底は人間力を磨くことに繋がり、その結果自然と学力はついてくるものです。また、集中して学習する習慣も今のうちにつけておけば、中学・高校と進むにつれて長時間の学習にも耐えることのできる大きな武器になります。明日からと言わず、是非今日から始めて欲しいものです。

2007年12月02日

地球環境を考える~水の世紀~

地球の水

  20世紀は石油の世紀でしたが、21世紀は水の世紀であるといわれています。水によって世界がよりよくなる、という事ではありません。むしろその逆で、水をめぐって争いになる、といった意味を持っています。2025年には世界人口の40%は深刻な水不足に陥る、と予測されています。
  地球は“水の惑星”と言われるほど水の多い天体です。なぜ水不足が起こるのでしょう?実は地球上に存在する水のうち、その97%が海水で淡水は3%程度しかありません。しかもその大半が北極や南極の氷という形で存在しているため、湖や河川、地下水といった生活に利用できる形での淡水は地球全体の水の1%にも満たないのです。水の惑星と言われながら、人に恵みを与える水はその中のわずかでしかないのです。
  世界の水使用量のうち60%以上が農業用水です。今後、世界中で人口が増加するに従い、食糧の増産が課題となりますが、それは即ちより大量の水を必要とする、ということになります。一般に1トンの穀物を得るために1000トンの水が必要と言われています。
  2025年には世界人口は80億に達しますが、人々の食糧を確保するために必要な水量は、ざっとナイル川10本分というとてつもない水量になります。無理な水の消費は環境破壊をもたらします。その例として、環境破壊の中でも20世紀最大と言われる、アラル海の枯渇があります。アラル海は現カザフスタンとウズベキスタンにまたがる少量の塩を含む湖です。かつて世界第4位の面積を誇っていたアラル湖はこの半世紀の間に、水量の80%を失い、大きさは40%程度に縮み、水面は15mも低下しました。これによって周囲の水不足はもちろんのこと、漁業や交易は廃れ、湖が干上がったことで雨が降らなくなり、周囲の緑は枯れ、人々の生活までも失われることとなりました。この悲劇の要因は、旧ソ連によって行なわれた、不毛の砂漠を緑の農地に変える計画でした。今後もこうした自然破壊が、食糧確保という目的のために起こる恐れがあります。ひいては国家間で水の獲得競争が激化し、よりひどい環境破壊、生活破壊を引き起こす可能性があります。国境を接する国々にとって、水はまさに限りある“資源”なのです。

2007年12月01日

人の縁を大切に

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高校入試説明会(4)2007.12.1.jpg 四国縁ある人の会2007.12.1.jpg


  12月1日というのは、私にとっては忘れられない記念すべき日です。振り返ると、この日は6年前(平成13年)松下電器の四国支店を後任の支店長に託し、教育の世界に新たな一歩を踏み出した日なのです。その後、平成14年1月から大阪府教育委員会において高等学校改革担当校長として3ヶ月間の事前研修を受講。4月より守口市にある新設の総合学科の芦間高等学校の校長に就任しました。そして4年間の勤務の後、昨年4月より雲雀丘学園中学・高等学校の校長に就任しました。
  本日は午後2時から、本年最後となる高等学校の説明会を開催しましたところ、約500名の保護者や生徒の皆さんに参加いただきました。もし私がそのまま松下電器に勤務していたなら、一生お会いできなかった方々ではないかと思います。
  また夜は、元四国で勤務されていた官公庁の局長や民間の支社長・支店長の皆さんと旧交を温めました。今はそれぞれ異なる役職につき、様々な活動を行なっておられます。経験豊かな方ばかりですので、本校のキャリア教育に対するサポートをお願いしたところ、快く承諾いただきました。
更に本日は偶然が重なりました。それは本校に赴任以来書き続けてきた校長通信が、本日で500回を迎えることになったことです。一生にお会いできる人は限られていますが、これからも人との出会いを大切にしていきたいと思っています。