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受験勉強は大人への通過儀礼

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人生の一つの段階から次の段階へ移る節目に行われる儀式のことを通過儀礼といいます。
皆さんの中には幼いときに七五三のお祝いで神社にお参りしたことを覚えている人も多いのではないでしょうか。その他の重要な通過儀礼としては、誰でも知っている成人式、結婚式、葬式などがあります。

ところで現代の日本においては「子供から大人への通過儀礼」がとてもあいまいになっていると言われています。現在日本の各自治体で「成人式」が行われていますが、中には「大人気ない」行為でひんしゅくを買う新成人の話題がマスコミをにぎわせることも珍しくありません。現在の成人式は単なる形式的儀礼になっていると言えるのではないでしょうか。また、「一人前の大人に与えられる」とされる自動車の免許取得資格や選挙権などは、一定の年齢に達すると自動的に与えられることになっています。話は逸れますが、18歳以上が大人なのか20歳以上が大人なのかよくわからないところがありますね。車の免許は18歳で取れるけれど飲酒・喫煙は20歳から。最近話題になった選挙権を18歳以上の青年に与えようという法律改正の話はどうなったのでしょうね。このように法律上でも大人の定義に関しては整合性がなく、あいまいなままになっています。子供から大人への境界が明確でない現在の状況が、若い人たちに関わる様々な社会問題の主な原因の一つになっていると言われています。

江戸時代以前の武士や公家階級では、「元服」と呼ばれる大人になる成年式が存在していました。この日を境に名前を幼名から実名に改め、衣服も大人のものに改められ、「一人前の大人」として扱われるようになりました。また、農村では米俵1俵を持ち上げることができるようになること、1日1反の田植えができるようになることなどが「一人前の大人」として認められる条件であった地方もかつてはあったそうです。明治時代から太平洋戦争終結までは徴兵検査が成人への通過儀礼の機能を果たしていたと考えられています。実は皆さんもよくご存知のバンジー・ジャンプというスポーツもその起源は、メラネシアのペンテコスト島で行われていた「成人として認められるための通過儀礼」であったと言われています。いずれにせよかつてはどの共同社会においても「精神的・肉体的試練を伴う通過儀礼を体験することにより、子供は大人に成長する」という認識が存在し、「成人になるための通過儀礼」が伝統的行事として各共同社会で行われてきたのではないかと思います。

現代の日本における「成人式」が形式的なものにすぎないことから、大学入試やそれに伴う長期の受験勉強を一人前の大人になるための通過儀礼だとする考えがあります。悩んだり苦しんだりしながら将来の夢や目標に向かってねばり強く努力する受験勉強は、確かに「成人式」に代わる「大人になるための試練=通過儀礼」だと言えるのではないかと思います。大学受験を目指している皆さんも「受験勉強」を成長へのワン・ステップと考えて見てはどうでしょうか。「受験勉強」に真剣に取り組むことにより、皆さんが合格通知を手にする頃には、一まわりも二まわりも大きく成長した自分を必ずや発見することになるでしょう。