終業式挨拶
終業式ですので今年の最後の日として少しお話をします。
それは他人から受けた親切、あるいは助けてもらったことはいつまでも忘れてはいけない、反対に自分がした親切や助けてあげたことは忘れよう、ということです。
今から30年前、イランイラク戦争というものが起こりました。その時イランには日本人が、駐在員を始めたくさんの方が住んでいました。イランにはイラクからの爆撃が日に日に増し、とうとう200名余りの日本人が取り残されてしまいました。
日本航空や自衛隊に迎えの飛行機を出してもらうようにお願いしますが、危険だとか法律上難しいと言って助けには来てくれませんでした。他の国の航空会社にお願いをするのですが自分の国の人を乗せるのに精いっぱいです。
日本人は絶望の危機に立たされました。多くの日本人が死を覚悟しました。
その時、ある航空機が危険を押して日本人を助けに来てくれたのです。それはトルコの航空機でした。トルコ航空は日本人を自国民より優先して乗せてくれ日本まで送り届けてくれたのです。 どうしてでしょう。
それよりさかのぼること95年、明治時代、600名を乗せたトルコの軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本沖合で遭難しました。深夜の出来事でした。この事故で串本の漁民は暴風の中、危険を顧みず必死に救助活動に当たりました。大切な食料や衣類まで提供しました。そして69名の命を救ったのです。看病ののち日本政府はトルコまで生存者を送り届けました。
トルコからは串本に救出の費用を請求してくださいとの要望にも「助けるのは当然だ」として受け取りませんでした。
トルコ国民はこのことを100年間覚えていたのです。恩返しだと思って日本人を助けに来てくれたのです。日本人を自国民をあとにして助けることをだれ一人反対する人はいなかったと言います。一方、日本人はすっかりこのことを忘れていました。しばらくはなぜトルコが助けてくれたかはわからなかったのです。
しばらくして事情が分かり日本とトルコはさらに深いきずなで結ばれるようになりました。
是非皆さんには100年忘れなかったトルコの人々、助けることは当たり前だと思って見返りを求めない日本人、を忘れないで欲しいと思います。
冬休みになりますが風邪などひかぬよう、十分に注意してください。
「私の挑戦」私と約束したこと忘れずに取り組んでください。先生からもしっかり指導してください。
規律正しい生活をするように。近所の方、親戚の方にも会うことが多いと思います。挨拶をしっかりするように。
来年1月8日、元気にお会いしましょう。