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成功者列伝 その1  滑る漬物屋

 これまでの人生の中で私は様々な人に出会ってきました。その中からそれぞれの仕事の道で成功した人を何回かに分けて紹介させていただきます。今回はその1回目、ごく親しい漬物屋さんのはなし。
 私が彼に会ったのはもう三十年も前のこと。友達の友達は友達というわけで、たまたま同じグループでスキーに行ったのがきっかけでした。彼はすばらしいスキーヤーで一緒に行った初心者を丁寧に指導していました。私はパラレルくらいはできたので、時々アドバイスをもらうくらいだったのですが、波長があったのか意気投合してしまい、その後も幾度かスキーツアーにでかけ、いまだに親交が続いています。
 この男とスキー旅行をして困るのは、ホテルの食事をいやがることです。たいていは格安のパック旅行で行くので、朝・夕食がついているのですが、彼はろくに食事をしません。テーブルの上の気が向いたものを少しつまんで、後はビールを飲むくらい。
 「どうして食べないの」と訊くと、「なんでまずいもん、食わんならん」という返事。「なあバッタン、後で寿司食いにいこ。うまい店知ってるんや」
 バッタンというのは彼が私を呼ぶときの名前なのですが、結局つきあわされる羽目になる。彼が食べたいものは日々変わりますが、原則としてスキー客相手のホテルの食事では満足しない。毎日のことだし、2回に1回ぐらいは私が払うことになるから、結局かなりの出費になる。でも、どこかおもしろいから付き合ってしまうのです。
 ホテルからタクシーに乗って夕食に出た先で、彼はヨーロッパのスキーリゾートの話などを始めるのですが、初めは半信半疑でした。ところが2月になると本当に1ヶ月ほど彼は店から姿を消してしまうのです。店の人にきくと、「滑ってますわ。今年はスイス」
 私には信じられないことでした。小さな地方都市の駅前商店街にある間口の小さな漬物屋になぜそんな財力があるのか。
 ある日、彼が上機嫌の時に訊いてみました。
「失礼やけど、あんな小さな店で、見てたらお客がひっきりなしということもない。一人の客が払うお金も500円までぐらいの店で、なんでええもん着て、ええもん食って、毎年ヨーロッパに1ヶ月も遊びに行けるわけ?」
 彼の答はこうでした。
「店で売ってるだけやない。配達が多いんや。寿司屋には必ずショウガがいる。レストランで定食たべて漬物がないとこあるか?学校の食堂でも漬物は出すやろ。日本人はどんな不景気でも漬物を食べるんや。それに気づいたから漬物屋になった。会社なんか行って人に使われるのは性ににあわんしな」
「それでもそんなに儲かるもんか?」
「バッタン、教えといたる。自分で朝早うから青果市場行って材料選んで、自分で他所よりウマイもん漬けて売るんや。他所から仕入れて売るのはあんまり儲からんし、まずけりゃ客は離れる」 
 なるほどと思い、私はもう脱帽しました。
 彼は見習いから始め、数年かけて独立して店を出しました。初めはいろいろな失敗をしたそうです。
「ナタネと雨蛙を一緒に漬けてしもて、客に謝りに行った。その時はスーパーの前の出店でやってたけど、謝る態度が悪いとさらにクレームがついて、そこのスーパーを追い出された。未熟やったな、あん時は」
 彼は昔を懐かしむように表情をゆるめたのでした。(田畑保行)