お中元の由来
わが国では、この時期にお世話になった人にお中元を贈るという習慣がありますが、この中元というもののルーツについては余り知られていないようです。
中元というのはもともと中国の道教の習俗の一つであり、上元(1月15日)・中元(7月15日)・下元(10月15日)の三つを『三元』と定め、この日はそれぞれ供え物をして身の汚れを清める贖罪(しょくざい)の日とされていました。一方、わが国では古来より一年を二回に分けて、先祖の霊をお迎えし供養する『御霊(みたま)まつり』がありましたが、伝来した仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ・7月15日)が重なり、お中元に親戚や知人が往来し、盆の礼として贈り物をする風習が生まれたようです。更にこれがやがてお世話になった人に贈り物をするという習慣へ変化したようです。そして、今はお中元を贈るという風習だけが残り、上元や下元という言葉は全く聞かれなくなっています。
また、すっかり梅雨が明けましたが、「つゆ」と呼ばれるようになったのは江戸時代からであると言われています。中国では、黴(カビ)の生えやすい時期の雨ということで、もともと「黴雨(ばいう)」と呼ばれていましたが、語感が悪いため梅の熟す時期の雨ということで梅雨になったようです。
このように、日本の文化は中国大陸の影響を受けながら、わが国古来のものとの融合より形成されてきているものが多いのです。私達が普段何気なく行なっていることや使っている言葉も、そのルーツを調べてみるとなかなか興味深いものです。