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秋分の日と秋彼岸

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  9月23日(水)は、天文学的には太陽が秋分点を通過し、昼と夜の長さがほぼ同じになる「秋分の日」です。また、この日を中日として前後3日間は彼岸ということになっていますが、春の彼岸と区別するために9月は秋彼岸と呼ばれています。昔から「暑さ、寒さも彼岸まで」と言われているため、一般的には季節を現わす言葉になっています。そして、この期間には先祖の霊の供養を行なうことになっているため、お墓参りをされた人も多いのではないかと思います。
  しかし、彼岸というのはもともと古代インドの梵(サンスクリット)語からきた言葉で、本来は「到彼岸」波羅蜜(パーラミータ)が語源です。つまり、私達が住む迷いや煩悩に満ちた世界(此岸・しがん)から離れて苦しみのない常楽(ねはんじょうらく)な悟りの世界(彼岸・ひがん)に到るという意味なのです。仏教の世界では極楽浄土は西方にあると考えられており、〝生死を繰り返す迷いの世界(生死輪廻・しょうじりんね)〟である此岸(しがん)から、太陽の沈む遙か西方の彼方にある迷いや苦しみのない極楽浄土に思いをはせ礼拝する、いうことなのです。
  そのため太陽が真東から真西に沈む春分と秋分の前後に、「悟りの世界」へ渡るための実践行(修業)を行なうことになったようです。このように彼岸に行くことを願って、行いを慎むことがお彼岸法要の本来の意味であり、このために次の六つの修行(六波羅蜜)が定められています。
  一は布施、施しをする
    (財を施す、真理を教える、恐怖心を取り除き安心を与える)
  二は持戒、戒律を守り反省する
  三は忍辱(にんにく)不平不満を言わず苦しみに耐える
  四は精進、何事も怠らずに励む
  五は禅定、心静かに乱さない
  六は智慧(ちえ)真実の教えに目覚める
  このような徳目は本来なら毎日心がけるべきなのですが、日頃は忙しくてなかなか実行できないのが常です。そのため、せめて春と秋、年に2回くらいは実践しようということですが、彼岸は他の仏教国にはない日本だけのものなのです。