成功者の言葉~野口英世博士~
本日は有名な細菌学者であり、今の千円札の顔にもなっている野口英世博士について紹介します。彼の伝記を読まれた人も多いのではないかと思いますが、野口氏は1876年(明治9年)に福島県で生まれました。
不幸なことに、幼い頃、いろりに左手を突っ込んで大火傷を負ってしまいます。当時は家にろくなお薬がなかったため、母親は泣きながら毎日神様に必死にお祈りを続けましたが、母親の祈りもむなしく英世の左手はくっついたままになってしまいました。やがて英世は学校に通い始めましたが、左手のことでいじめに遭います。それでも母親は英世を必死で励まし続け、英世はこれに応えて雨の日も、雪の日も、勉強を一生懸命がんばり、恩師となる小林先生と出会います。当時は、身分に限らず、勉強すれば世にはばたくチャンスがある時代であり、先生は英世の才能を見出し、進学のお金を出してくれたのです。
進学してからも、英世は一心不乱に勉強に打ち込みます。この姿に胸を打たれた先生や同級生からお金の援助を得て、英世は左手の手術を受け、左手が動くようになります。これに感動した英世は、医者を志します。
医者を目指し旅立つ際、英世は家の柱に成功するまでふるさとには帰らないという強い決意を込め、「志を得ざれば 再び此地を踏まず」という言葉を残しました。
その後彼は、より多くの人々を救いたいと考え、世界中で多くの人の力を借りて細菌の研究を重ねました。そして、幾多の挫折や困難を乗り越え、ついに歴史上の大発見と言われる「梅毒スペロヒータ」という細菌を見つけたのです。これにより、非常に多くの人々が救われ、ノーベル賞の候補にもなりました。その後、黄熱病の研究のためアフリカへ向かいましたが、志半ばでその黄熱病にかかり、51歳という若さで亡くなりました。
また、彼は次のような言葉を残しています。
〝生の最大の幸福は一家の和楽である。円満なる親子、兄弟、師弟、友人の愛情に生きるより切なるものはない。〟〝努力だ、勉強だ、それが天才だ。誰よりも、3倍、4倍、5倍勉強する者、それが天才だ。〟〝絶望のどん底にいると想像し、泣き言をいって絶望しているのは、自分の成功を妨げ、そのうえ、心の平安を乱すばかりだ。〟
何よりも 「忍耐」「努力」「勉強」の3つを大切にしていたことが分かります。