二十四節気「白露」に思う
きょうは、二十四節気の一つ、立春から数えて15番目の白露です。大気が冷えて来て、露が出来始める頃、とされています。
昔の暦は、月の満ち欠けを使った太陰暦が使われていました。太陰暦の日付と実際の太陽の動きはズレがあります。農耕等には太陽の動きが大切なので、補正するために二十四節気が考えられたとされています。元より、中国から伝わって来たものですから、日本の気候とズレがあります。日本の気候にあった二十四節気をつくろうという動きが日本気象協会であったそうですが、必要ないとの意見もあったようです。二十四節気と実感のズレが日本の伝統的な文化を生みだしたという考え方からです。八月の熱い盛りに立秋があり、暑中見舞いから、残暑見舞いに、秋を見つけにいく季節の先取りをしていくところに日本人の繊細な季節感を養った、とする考えもあります。
逆だったらどうでしょう。すっかり涼しくなり、コートが欲しくなりかけた頃に夏が終わりました、というような季節の後追いであれば風情がありませんし、それこそ変える必要があると思います。
何事も、最盛期の時に衰退の、絶好調の時にスランプの要因があるように、今ある現象の先を見て対策を立てることが重要だと思います。最新鋭の機器を導入したとたんに、それは一番古くなっているのです。どん底やスランプ、問題が顕在化したときにも必ず解決の方向性や要因が潜んでいる、と私は考えています。
日中はまだまだ暑いが続いています。でも、朝の登校指導のとき木陰に立っていると季節が変化していることを確かに感じます。豊かな感性、いつも先を観る目を身につけたいものです。