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塞翁が馬

 「塞翁が馬」とは、新明解国語辞典によりますと「その人にとって何がしあわせになり、何が不幸になるか、予測しがたいものだの意を表す。」(「塞翁」は、昔、中国で、国境のとりで近くに住んでいた老人の意。塞翁の馬が居なくなったかと思うと、しばらくして駿馬を連れ帰った。その馬に乗ったむすこはけがをしたが、それで戦争に行かずに済んだ。人は、そのたびごとになげいたり喜んだりしたが、塞翁は「福必ずしも福ならず、禍必ずしも禍ならず」と答えたという故事に基づく)とあります。「人間万事塞翁が馬」と使われたりします。この「人間」も同辞典によりますと(「じん」も「かん」もそれぞれ漢字の漢音)「世間、世の中」となっています。「世の中、何がしあわせになり、何が不幸になるかわからない」ということになるのでしょう。
 昨日、ノーベル賞に輝いた山中伸弥京都大学教授がこの言葉を支えに研究に力を注いできた、と新聞報道にあります。手術も不得手で他の医師が30分で終わる手術に2時間かかったということもあったそうで、臨床医から基礎研究に転換されたとか。失敗の連続、挫折を乗り越えての受賞ということになります。まさに「人間万事塞翁が馬」ということになります。
 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」で医療の面に夢と希望を与えた山中教授、ノーベル賞を受賞するような人でも多くの失敗と挫折を経験しているということから、私たちに親しみと勇気を与えていただいたような気がします。「夢の実現のために地道な努力」(山中教授)、平凡なようで大変難しいことです。この言葉をしっかり胸に刻み込んでおきたいと思います。