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キャリア教育について考える(2)

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昨日の続きです。

 「多くの人が携わるホワイトカラー系の仕事には、自分で裁量できる分野が結構あって、それぞれが一番ドライブ (やる気)を感じるやり方でやればいいというのが多い。その意味で、自分のドライブ(注:パソコンの駆動装置のように,「関心の的,動機」と捉えてください)を上手く使って、主体的にその仕事を自分の天職に変えられる余地というのは、昔に比べれば増えてきている。今のような知識社会の中では、ジョブ・マッチングはやってみなければわからないという問題ではなく、そもそも職種名でゴールを考えることが不自然だということです。

 大学受験の時に自分のドライブがどこにあるかと考えるとき、高校でどんな学科目が好きになれたかというのは結構重要です。この勉強に興味があると思ったら、この勉強ができるようなところに行けばいい。大学に行って勉強して、卒業近くになった時に次に何をしたいかを考えれば十分です。その頃はどんどん世の中が変わり、見えない職業もたくさん見えてくる。

 最近は、「就職」であって「就社」ではないと言いますが、これも大きな間違いです。やはり就社の要素が極めて大きい。逆に昔は100%就社だったというのは錯覚で、就職の部分も50%はあったことは忘れないで欲しい。だから、会社の選択というのは、職種の選択以上に重要です。むしろ会社に一度入って試行錯誤していくうちに、その人自身の職種の是非が見えてくる。同じ仕事であっても、会社の営業方針、人の育て方などカルチャー(社風)が違います。しかし、そんなことは、高校生には全くわからない。したがって、職業名まで想定して考えさせるキャリア教育にはもともと無理があるんです。

3. 3番目の間違いは、夢・目標があるからこそ、頑張るモチベーションが湧くという人がいることです。つまり目的合理性というのは、モチベーションを上げるための方法だというわけです。もしそうだとしたら、目標はより近い方がいいはずです。

 人間のドライブというのは大きく分けて三つのタイプがあります。その一つは、コミットメント型動機。目標があり、それに向かって頑張る。頑張るのは手段だというタイプで達成動機が非常に強い。
 次に人間関係系(リレーションシップ系)の動機。この人は何を考えているのか、相手を理解したい、相手に自分の気持ちを伝えたいというコミュニケーション型動機です。
 もう一つが、エンゲージメント系(いわゆるのめり込み系)です。細部まで詰めて完璧なものにしたい、プロセスそのものにのめり込む、どんどん前倒しで、物事を済ませていくのが好きという人がいるわけです。

 もちろん、目標がなければやる気が起きないという人もいますが、それは全部ではありません。目標があって必達だと言われれば、重荷になり、憂鬱になる人たちもたくさんいることを考えて欲しい。

 元来キャリアに勝ち負けはないわけで、自分で「充足感」を持てればいいわけです。ところが、明確な目標を持って、モチベーションが高くなければ、落ちこぼれのごとく言われ、自信を失い、定職に就かずフリーターを繰り返す。目標が見えていないフリーターは「ダメ人間」といったメッセージを、政府や一握りの成功者が発信しすぎているのです。」fig20070812.jpg
(駿台アセントvol.2『始めに職種ありき』のキャリア教育は大間違い」から)