アメリカ教育事情瞥見
海外の教育事情瞥見のつもりでAO入試に触れていたらかなり道草を食ってしまいました。アメリカの教育事情にもどります。
一昨日も書きましたが、日本の教育制度は戦後、当時の連合国総司令部によって合衆国の制度を下敷きにして作られたものだから、そう変わりは無いだろうと思っていましたが、とんでもない大違いで、ちょっと覗いてみただけでも、日本とは大変な違いです。我ながら迂闊さと無知に呆れました。
私の承知していたアメリカの高等学校の教育事情とは次のとおりです。
* ホームルーム方式ではなく、時間制で教室を移動する授業体系
* 講義式の一斉授業ではなく、質疑応答式の授業
* 年度は9月から始まる
これくらいなもので、残りは日本大体同じだと思っていました。実にお寒い限りです。
合衆国には日本の文部科学省にあたるものはなく、連邦政府全体の教育庁があるにはあるが、これはせいぜい予算配分などの業務に当たるくらいなものらしい。国の成り立ちが日本の都道府県とはまるで異なり、各州が国のようなもので、各州が州法によって統治されているからで、各州の教育委員会が教育内容をきめる。従って、各州毎に教育制度は当然異なることになります。しかもその拘束力はそれほど強いものではなく、同じ州内でも修学年限でさえ自由裁量に任される場合があるようです。ただ学校の運営は州教育委員会の下に置かれている学区が公立学校の管理運営上の大きな権限を有しているようです。修学年限でさえこのとおりですから、学期、教育内容も規定は無い。検定教科書はない。従って、如何に教えるかではなく何を教えるかが問題になる。教科科目も一様ではない、等々。一々数え挙げたらキリがありません。
従って、共通テストが必要になるわけで、これが一昨日に触れたETS(Educational Testing Service)というテスト業者が年数回全世界で行うSAT(Scholastic Assessment Test)とAssessment Program が行うACT(American College Test)という全米統一試験があるわけです。4年制の大学の75%位がこれを基準にしているようです。
教育制度については「瞥見」なのでこれくらいにしておきます。
実に日本の教育制度は合衆国のそれに比べると拍子抜けがするくらい単純明瞭です。文部科学省というお上のご沙汰でトップダウンで事が決まるのは、日本はアメリカに比べると、教育制度的には、いわゆる「発展途上国」なのではなかろうかと思ったりもしてしまいます。事実、学力の国際比較でも、諸外国に比べ精彩を欠くようになり、「学力低下」が取り沙汰されるようになっています。戦後60年を超えた今日、制度疲労が起きているようです。制度そのものを変えなければならない時期にきているのかもしれません。
文責 山本正彦