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知の広がりを楽しむ心

 クロード=レヴィ=ストロースの死と並んで、私が今年ショックを受けたのは、大阪古書肆の代表とも言うべき中尾堅一郎さんの訃報であった。中尾さんとの出会いは、私が畏れ多くも中尾さんの店に押し掛けた時からである。初対面でかつ浅学非才の私に、様々なお話しを一時間以上にわたってお聞かせいただいた。
 私が中尾さんを訪ねた理由は、江戸時代の大坂が生んだ“知の巨人”木村蒹葭堂(きむらけんかどう)の研究をはじめようとしたことによる。
 木村蒹葭堂(1736~1802)は、坪井屋吉右衛門という大坂堀江の造り酒屋の主人であった。しかし、それは渡世の上での姿であり、蒹葭堂の本分は、古今東西の奇書珍物を集め、それを考策する博物・物産の学にあったといっても過言ではない。彼の家には、毎日何人もの来客があり、当時の文化人で「浪速を訪う人にして、蒹葭堂を訪わざる人なし」といわれたほどであった。彼の学問は、動物学や植物学、考古学といった現在の学問の枠組みでは区切ることのできない広大なものであり、彼自身が1つの“知の宇宙”であったといっても過言ではない。当時の大坂で、商家の主人として日常を過ごしながら、極めて優れた学問的業績を残した人は実は蒹葭堂一人ではない。天文学の間重富、升屋の番頭さんで唯物論・無神論を説いた山片蟠桃など枚挙に暇がない。彼らは、仕事の合間を縫って、自らの知的好奇心を最大限に発揮し、大きな成果を生み出したのである。
 生徒の皆さんを見ていると、年々知的好奇心が減退しているように感じられる。身のまわりの楽しいことだけに興味を示し、少し難しい本を読んだり、政治について考えたりする人がぐっと減ったように思う。
私が大学に入学したとき、少なくとも友人達でレヴィ=ストロースを知らないものはいなかった。ちなみに、私が授業を担当している高Ⅱ・高Ⅲでは知っている生徒は、残念ながらゼロだった。この差は、何に原因しているのだろか。このことは、私達大人がよく考えねばならぬことだろう。
 最後に、昨日のクイズの答えを書いておきます。『野生の思考』のフランス語の原題は、“LA PENSÈE  SAUVAGE”です。PENSÈEとは「思考」という意味と共に「パンジー」=「三色スミレ」という意味もあります。そして、SAUVAGEは「野蛮人」と訳されることが多いのですが、ここでは「野生の」と訳します。つまり、野生=原種の三色スミレと「野蛮人」・「未開人」と呼ばれてきた人々の逞しい思考を比喩的に重ね合わせているのです。
配布物:ひばりの図書室No.33