高3学年通信
餞の辞
2019/03/01
61期生の生徒の皆様、ご卒業おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。61期生といっても、君たちにはそれぞれに個性があり、それぞれのやり方でこの3年間をすごしたわけですから、そう簡単には君たち全員の印象をまとめることはできないのですが、あえて、無理を承知で表現すると、君たちは常に「当事者」として、行事や授業に真摯に取り組んでいたと思います。この「当事者」というのは、そう簡単にできることではありません。高校生という多感な時期は、ともすれば、現実から目を背け、斜めから、文句と不平を言う「傍観者」になる人も見受けられるからです。しかし、君たちは常に、クラスの輪に入り、その一員として役割を積極的に果たしました。体育大会のダンス、文化祭のコーラス、切磋琢磨した学習等々でスクラムを組んで現実に立ち向かっていました。見事でした。実は、「当事者」として、生の現実に向き合うことこそが、成長につながっているのです。インターネットでの交流を考えてください。そこには傍観者としての意見が飛び交っています。都合が悪ければ、リセットできる。人は傷つけても、自分は傷つかない都合の良い、責任のない空間です。ネットでなくても傍観者的な生き方には、人間的な成長は多分ないでしょうね。人と人とが直接結ばれていく現実に、当事者としてかかわる。温かみもあれば痛みもある現実、そこでの経験こそがいろいろな発見をもたらし、それが充実感となって成長をもたらすのです。これからは、もっといろいろな人に出会い、いろいろな経験をすることになるわけですが、高校時代のように、常に「当事者」として成長していく姿をみせてほしいと思います。61期生の卒業記念品である、校庭に下りる階段橫の屋外照明は「燈標」という銘がつけられています。それは、君たちの未来を灯す道しるべという意味です。何か悩んだり、迷ったりすることがあれば、高校時代のことを思い出してほしい、それがヒントになるかもしれません。そういう思いの銘です。今日からは、母校となった雲雀丘学園には、君たちの輝きを示す照明が、これから、毎夕灯され、それを見て君たちのこれからの活躍に思いを馳せることになります。私たちはこれからも君たちを見続け、応援しています。
ご卒業おめでとうございます。
学年主任 守本進