卒業生~母校は母港になる
No.80(65期)がたんごとん
2023/10/27
はじめまして。今年、幼稚園からずっとお世話になった雲雀丘学園を卒業いたしました65期生の森定美羽と申します。
現在は文学部の1回生として、日本文学や哲学、社会学といった広義の人文学について幅広い分野を学び、自身が専修したい学問について探究する日々です。私はずっと国語学に魅せられています(笑)。
大学生活は毎日が新たな刺激の連続で、本当に目まぐるしく過ぎてゆきます。けれど、暫し意識が弛緩したときにふっと思い出す記憶のひとつひとつは、必ず雲雀丘での想い出です。
雲雀丘で過ごした15年間は、私の人生の8割を占めます。特に中高6年間、あの日々は今思い返してもあまりにも眩しくて、少し泣きそうになってしまいます。体育後の授業の眠気も、黒板消しクリーナーの爆音も、予鈴の音楽も放課後のしんとした廊下も、当時は何も思っていなかったものが全部全部魂の奥底に入り込んでいたのだということに、私は卒業してから気づきました。
私にとって雲雀丘は、「ただいま」と言う場所です。忙殺されてしんどいとき、焦って自分を見失いそうになるとき、あ、雲雀に帰ろう、と思います。あの空間は本当に温かくて、優しくて、先生方から後輩達から、沢山のパワーを貰えます。
受験期、漠然とした闇の中でもがいてももがいても何も見えなかったとき、先生方がとても親身になってくださり、何度も励ましてくださったおかげで、私は最後まで走りきることが出来ました。あのときは本当に本当に、お世話になりました。この場を借りて、改めて感謝申し上げます。
人生の大部分を雲雀丘で過ごしてきた中で、勿論悲喜交々、色んなことはありましたが、それも全部ひっくるめて今の私があるのだと思っています。
雲雀丘を卒業してまず直面した課題は、あの羽毛布団のような空間に、もう甘えていられないということでした。自立すべきひとりの人間として、私は私の足で立って、自分を生きなくてはなりません。
雲雀丘で得た宝にもっと磨きをかけられるように、人間としてより成長出来るように、大学でも色んなことに全力で向かっていこうと決めました。
迷ったとき、私は少しだけ振り返ります。とにかくやってみなよ!そう言っていつでも背中を押してくれるのは、ここで出逢えた先生方、友人、先輩、後輩達、全ての出逢いです。
生きることは、車窓を流れる景色のようだなあと感じることがよくあります。はっと息を呑むような佳景に出逢ったり、長いトンネルを抜けると雪国だったり、銀河の匂いに窓を開けたり、一秒として同じ景色はありません。その全ての瞬間を、私は全力で生きたい。一瞬一瞬の自分の感覚を、気持ちを、シッカリと覚えていられる私でありたいのです。
そんな特急列車が唯一きちんと停車して、何度もそこの景色を胸に吸い込みたい場所、それが雲雀丘学園です。
私の車窓は、動き始めたばかりです。
大阪大学 文学部 人文学科1回生 森定 美羽 (2023年卒業、 65期生)
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