高3学年通信(66期生)
手を繋ごう
2022/11/11
通常授業とはいえ、プレゼン大会や赤ちゃん学校など、なんだかんだと毎日何かがありましたね。今日は本当に何事もない、通常授業でした。一日しっかり授業に集中できたでしょうか。あれこれ行事を過ごしていると、あっという間に時間が過ぎてしまいますね。
しばらく前に色づいてきたなと思っていた木々も、一気に色を濃く鮮やかにしています。高い空には鱗雲、いかにも秋という感じですね。たまには机の上からも教室の中からも目を外して周囲を見ないと、自分がいつを過ごしているのかわからなくなってしまいそうです。気づけばきっと、この木々も葉を落としてしまうのでしょう。日々の季節を感じながら、毎日をしっかり生きていたいものです。
さて、明日で今週も終了です。来週も特別大きな行事はありませんが、期末考査二週間前という期間に入ります。早いもので、もう期末考査が近づいているのですね。出来ることを、今のうちから始めておきましょう。
コロナが蔓延して、人と触れ合うことが減ってしまったこの頃、最近誰かと手を繋ぎましたか?手を繋ぐとまでは言わなくとも、例えば握手をするとか、あるいは、むしろ肩を組んだり抱き合ったりとか。若い人たちならまだしも、歳をとるとなかなか気軽に人と触れ合うことも無いものです。
小さい頃、誰かと喧嘩をしたときに「仲直りの握手」をしたことはありませんか?何だかよくわからないうちに、周りの大人から言われて手を結ばされた経験のある人はいるのではないでしょうか。気持ちの整理はちゃんとついていないのだけれど、手を繋いでしまった手前、抵抗する気も争いを激化させる気もうやむやになってしまうものです。
人と触れ合って繋がるとは、そういうことです。文字や絵の発達した現代では、画面上で行われるやり取りで気持ちのやり取りが出来ているように思われがちですが、どんな気持ちも人間の生身があってのもの。どこかで身体的な感覚を持たない限り、はっきりとした気持ちのやり取りは行われないものです。最低限、面と向かい合って目を見て話すくらいの身体のやり取りがなければ。殊に手は、掌と書いて「たなごころ」とも読みます。手の中の心という見方で考えれば、字の中で手に口がついているように、手が心を語ってくれるのです。何だか上手く気持ちが伝わらないとか、どうやって気持ちを伝えたらわからないという時ほど、誰かと手を繋いでみましょう。言葉として伝わらなくても、じんわり温かく、お互いの気持ちが手という身体を伝って語らいあってくれるはずです。
学校ブログ
- トップページ
- 高3学年通信(66期生)
- 手を繋ごう