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親孝行・やってみなはれ
2018年11月30日
小さな偉人
以前6年生を担任していた時、子どもたちに身長で追い越されることはありませんでした。ただ最近は、卒業の時点ではすでに肩を並べるほどの体格の小学生もも少なくありません。
自分自身のことを振り返りますと、6年生の1学期で、151cmだったことは記憶しています。父親には山や海に連れて行ってもらったり、キャッチボールしてもらったりしたことを思い出します。子煩悩な人でした。その父は、私が中学生になって二ヶ月後に亡くなりました。なんで?元気だったのに、みなさんに慕われていたのに、という理解できないことが頭の中で繰り返されていた日々だったように思います。
私が成人してから、兄弟で話す機会があったとき、背の高さの話題になりました。私は、170cmは超えていたのですが、父の身長は155cmだったことに改めて驚きました。生きていて横に立ったら見下ろす差です。しかしながら、私にとっては父への目線は151cmの自分でしかなく数字は超えていても、中身は全く到達していません。いくら社会人になろうが、父親になろうが、父は超えられていない存在なのです。記憶の中では12年あまりの生活しか共にしていなかったのに、人を楽しませ、笑わせたり、教えたりすることが普通の人で、そして偉大なひとでした。
具体的な言葉をもらった訳ではありませんが、人のために何かしなければ、仕事をしなければ、助けなければという後ろ姿を見てきたような気がします。
親孝行の学園で教師として働く中で、児童に親孝行は・・・と話しますが、私には経験は全くありません。『親孝行したいときには親はなし』だからでしょうか。でも、生きていなくても、親に感謝したり偉大さを感じたりすることが大切であると感じています。児童に、この身長の話をしたことがあります。うまく伝わったかはわかりませんが、もらった言葉や引き継いだ体や心を正しくつないで、次の世代に伝えていくのも親への孝行になるのではないでしょうか。
大正最後の15年に生まれた父は、実は昭和元年と同じなんだよ、と言ってました。平成31年生まれの人は、○○元年と同じですね。また、新しい時代の方々へ親孝行が伝わりますように。
(小学校 1年担任)