さて,衣笠キャンパスを出て,線路沿いに嵐山線等持院駅の方へ向かいました。駅と言ってもホームしかなく,電車を待つ人の姿が見えません。秋晴れの昼下がり,辺りは,歩く人の姿もなく,踏切の角に,古い木造の,錆びれた看板を軒下に掛けただけのたばこ屋が1軒あるだけでした。よく見ると,たばこ屋の引戸は傾いており,色あせたカーテンが引かれて閉められていました。おそらく,もう廃業したか,年老いた夫婦がひまに任せてやっているだけなのかもしれません。なぜか,そこだけ,放つ光が柔らかく,私は,青空の中に,遠い記憶となった風景を探していました。
電車は,狭軌のレールの上をゆらゆら揺れながら,民家の間を縫うようにして帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅に到着しました。私達は,向かいのホームに移り,集合時間を気にしている高校1年生や3年生と一緒に後発の電車に乗り換えて嵐山に着きました。
やはり,嵐山は古都の秋に浸りたい観光客や遠足にきている中高生でにぎわっていました。渡月橋まで連なる土産物屋はどこも制服を着た群れであふれかえっています。さっき等持院の駅で見た夢から瞬く間に引き戻されてしまいました。まして,肝心の紅葉は,朝夕の冷えがまだ足りないのか,まだ三分程度で,とても山燃ゆる所までは行きません。
阪急嵐山駅前の広場では,見学や買い物を終えた各校の生徒が思い思いに集合し,担任の先生から点呼を受けていました。中には,シャツだしの男子高校生,超ミニスカートの女子高生等々,制服も違えば,態度も様々です。
後ろから,「こちらは高校ですか?」と声をかけられました。振り向くと,形の崩れた野球帽をかぶり,70歳を遙かに超えていると思われる御老人と目が合いました。軽く返事を返すと,
「そうですか,高校ですか。えっ,私立?やっぱりきっちりしてはりますわ。先生とこは親の躾がええんでっしゃろなぁ。」
退職後,ボランティアとして,毎日駅周辺の見回りや清掃をしているのだそうです。
「いやぁ,カッコ見たらわかります,ほんま。先生とこはよろしいけど,ガッコの先生も大変でっしゃろ?段々子供が悪うなってやりにくうなってんのとちゃいますか?」
「私もここで長いこと見てますけど,昔は中学生の方が悪かったです。ここの駅のあすこで,ようさんたむろして,バイク乗ったり,花火したり,そりゃ,ほんま,夜半中騒いでましたわ。あんまりうるさいんで,近所から迷惑やぁ言われましてな,それでたまたま帰ってきていたヤクザの兄ちゃんに頼んだことがありましてん。」
「そしたら,ヤクザっちゅうのはえらいでっせ,ずかずか出て行って,『こらっ,何さわいどんじゃおまえら!中学生やろ,勉強するのがおまえらの仕事や。遊んどらんと帰れ!』ちゅうて,中にいた中学生の首根っこ捕まえてビビらっしょったんですわ。そりゃ,怖いですわな。一遍に来んようなってしまいましたわ。」
話は,昔の嵐山に移ります。
「そりゃぁ,エライきれいになってしもうて・・・・。川かて,いま,いつもだいたいいっしょでっしゃろ?あれ,上の方にダムができてからですわ。雨が少ないときはちょろちょろ流しよるし,大雨降って多いときは止めてますねんな。昔は,雨降ったら橋なんかよう流されたりしてましたわ。ようなったけど,その代わり,アユがあんまり捕れんようになりました。」
「ここらへんですか?へぇ,いまはいっぱい建ってますけど,昔はススキだらけで,家なんて1軒もあらしまへん。私ら,小さい頃,ここでよう遊んだもんですわ。」
「昔はサルがよう降りてきて悪さしてましたわ。人の持ってるもん盗ったり,ここで喧嘩したりしよるんですわ。サルの中でもボスの言うこと聞かんやつおりますねんな。そしたら,ボスが怒って,懲らしめよるんですわ。サルもえらいもんですわ。で,サルがいなくなったなぁと思たら,今度は人間が悪さしよる。サルの次は人間かいと思いましたわ。あっ,ハトでもそういうハトいますな。よう見てたら,ひとり,ちゃう,1羽だけ別に動いてるハトがおりますのや。カラスかてそういうのいますな。」
「女の子? そうですなぁ,この頃は女の子の方がだらしないでんなぁ。ほんま,服から身ぃ,放り出してますがな。ありゃぁ,あきまへんで。」
「この前なんか,ここから見てたら,あすこら辺に集まってた女の子の中から,2人がたばこを出して吹かしよったんですわ。」
「こりゃ言わなあかんわ思うて,前に行って『あんた未成年やろ,吸うたらあかん!』って言うたんですけど,聞けしまへん。そしたら,どない言うてきた思います?『おっちゃん,ウチのことなんやから放っといて!おっちゃんには関係あらへん!』でっせ。ほんま,腹立ちまっせ。」
「それで,毎日朝と夕方巡回してる警察に,ワシ,言うたんですわ。パトカー,すぐきて,そこの女の子みな調べてましたわ。そしたら,その中の女の子の6人からたばこが見つかったんです。で,警察,カンカンに怒りよるもんさかい,ワシ,『もうようわかったみたいやから,許したってぇな。』って警察に頼んだんですけど,『警察が許したらどないなんねんな!警察やから許されへんのやないか!』って言われましたわ(笑)。」
本当は,この他にも,書ききれないほどたくさんの話を聞かせていただきました。そこには,この御老人が子供をまっとうに育てようとする気持ちが溢れていて,それを「勇気」と表してしまうと本当の意味が削ぎ落とされ軽くなってしまいますが,心底敬服しました。 それに比べれば,私ら50代はまだまだ赤子です。”古都の秋”は深かった・・・・・・・・。