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2010年03月31日

学園創立60周年記念事業竣工式

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  本年度の最終日となる3月31日(水)、鳥井理事長、松下常務理事をはじめ学園の幹部や建築委員会のメンバー、安井建築設計事務所と竹中工務店の代表者の出席のもと、創立60周年の記念事業竣工式を執り行ないました。本学園では、記念事業として〝高校の新校舎建設〟〝小学校の運動場拡張〟〝50mプールの改修〟工事を約2年がかりで実施してきましたが、すべて本年度末までに完成しました。
  最初に、理事長による〝定礎〟の除幕式、続いて60(ろくまる)記念ホールで神事を執り行ない、無事竣工式は終了しましたが、この日を迎えるまでには、数々の出来事がありました。本格的な工事に着手するまでに、建設場所をどこにするのか、設計や建設をどこにお願いするのか、メタセコイヤやヒマラヤ杉の命をどうするのかということを議論し、厳しくなった建築基準をクリアするまでにかなりの時間を要しました。その後、仮校舎を建設し、昨年の高校の卒業式の翌日から旧校舎の解体、次いで新校舎の建築を開始しましたが、この間、建築委員の皆さんを中心に毎週のように校舎の細部にわたる検討を行ない、約一年かけてこの新校舎が完成したのです。この間には、工事用の車両やクレーンが出入りすることもあって、事故が起こらないよう細心の注意を払ってきましたが、無事故で工事を終えることができ、本当に良かったと思います。多くの皆さんの努力に心より感謝を申し上げます。
  また、小学校の運動場も整備され、新たに設置された鉄棒の下には人工芝が敷きつめられており、プールの補修も完了しました。現在はまだ水が入っていませんが、夏には部活動や授業で十分活用されることになることでしょう。
  これからは、これらの素晴らしい教育施設を有効活用して更に質の高い教育活動を展開していきたいと思っています。


2010年03月30日

薬物乱用の防止

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  3月30日(火)、大阪府立高校の現職教頭が大麻所持で現行犯逮捕されたという衝撃的なニュースが飛び込んできました。
  今、大阪府ではさまざまな教育改革に取り組んでおり、昨日も教育委員会議で活発な意見が交わされたばかりです。会議の後も教育委員が集まって意見交換をしましたが、その場で事務局から来年度の10大目標が示されました。そして、その1つに『児童生徒の規範意識の向上に向けた取り組みの充実』を取り上げ、薬物乱用の防止を推進していくことを確認したばかりです。それだけに今回、生徒を指導していく立場の教頭が逮捕されたということは実に残念であり、申し訳ない気持ちで一杯です。

  ところで、昨年、警察関係の方から、「薬物汚染が蔓延しており、事犯の低年齢が顕著になってきている。今は薬物を入手しようとすれば、簡単に手に入る。学校でも細心の注意を払っておくようにして欲しい。」というアドバイスを受けました。また、大阪では最近児童・生徒の飲酒も増え、5%に達しており、看過できない状況になっているということも話題になりました。

  本校では、来年度「薬物乱用防止」を重点課題の一つに取り上げていますが、このニュースを受けて、生徒指導部長に研修会の日程を早急につめるよう指示しました。これまでのところ、本校の生徒については、喫煙や飲酒等で指導するということはほとんどありません。そのため、今回のようなことが起こっても「うちの学校は大丈夫だろう」とか「うちの子は大丈夫」というように思いがちです。
  しかし、昨今生徒達の周りにはさまざまな危険が待ち受けています。本日で、春休みに入って一週間が経過しました。ともすると気が緩みがちになりますが、危険なところには絶対に近づかないようにして欲しいものです。また、ご家庭においても規則正しい生活を心がけるよう指導していただきたいと思っています。

2010年03月29日

雲雀丘学園の歴史~鳥井信治郎氏による支援

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  学園の創立にあたっては「雲雀丘小学校創立委員会」のメンバーによる多大のご尽力がありました。とりわけこの委員会のまとめ役として、物心両面においてご支援いただいたのが、当時の壽屋(現サントリー)の創業社長であり、学園創立にあたって初代理事長に就任された鳥井信治郎氏です。昭和二十年代の学園の歴史を紐解くと、鳥井信治郎氏の「どうや、うまくいっているか、なんか困っている事はないか」という心温まる言葉や支援を受けて、PTA・教職員・児童生徒が力を合わせて、学校をつくってきた様子が記されています。一例を挙げると、それぞれが土や砂を運び、草を刈って運動場や砂場をつくっていったようです。まさに、雲雀丘学園は〝手作りの学校〟であったと言えるのではないでしょうか。今回の高校の新校舎の建設にあたっても、この伝統は引き継がれてきたように思っています。
  また、入学式や卒業式には、鳥井理事長が出席されて話をされましたが、その内容は決まって親孝行の話であり、「朝起きたら、保護者に”お早う”、学校から帰ったら”ただ今”と言い、夜、寝るときは”お休みなさい”と挨拶しなさい。〝親孝行の出来る人は、人間としても立派になれる。〟」というものでした。そして、創立の精神にもこのことが明確に表記されています。
  〝孝道を人間の根本義と考え、社会のために尽くす精神を最も尊重し、より良い社会、国家を生み出すべく心を素直にもち、すべてに感謝の念を捧げ、健康な体力とたくましい実践力をもつ強い人間を創る事を念願しています。〟
  よく雲雀丘学園の良き伝統ということが話題になりますが、今一度鳥井理事長の言葉や創立の精神の持つ意味をしっかりと胸に刻んでいきたいものです。

2010年03月28日

学園の歴史~創設の経緯

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  雲雀丘学園は地元の皆さんの総力で創設された学園ですが、当時の状況については周年記念誌に掲載されていますので、紹介します。
 
  〝第二次世界大戦が終わって間もない昭和24年(1949)2月、雲雀丘、花屋敷の住宅地の子ども達が多く通学していた隣の市の大阪第二師範学校付属小学校の入学試験に対する「文部次官通達」が出されました。この通達は終戦後アメリカが日本の「教育の民主化」政策を進める中で、進駐軍の意向が強く反映されたものでした。即ち『付属小学校は富家の子弟ばかりの入学を認めているのが実態であり、一般の子どもの入学を認めて庶民教育をするべきである。志望者が多ければ抽選で入学者を決めよ』という内容でした。
  この通達によって入試が実施されたため、雲雀丘、花屋敷地域の子ども達の多くが抽選に漏れるということになってしまいました。とりわけ雲雀丘幼稚園の卒園児童の中には、兄姉が付属に通っているのに弟妹が入学できないという事態が起こってしまったのです。そのため、彼らの保護者の中に“付属のような学校を設けたい”との意見が数多く出されました。この動きを受けて、大原たま園長らは地元の教育熱心な人達と共に大阪第二師範学校(校長・板倉操平氏、付属小学校主事・池上実氏)に援助を仰ぎ、新設のための運動を進めることにしたのです。そして、これからわずか1ヵ月後の3月25日に第1回の公式会合が行なわれ「雲雀丘小学校創立委員会」が発足し、委員長鳥井信治郎(寿屋社長 現サントリー)・学校長土井信男(師範学校付属小学校教官)等が決められたのです。
  その後、西谷村雲雀丘分教場として雲雀丘幼稚園の園舎内に学校が設立され、昭和24年(1949年)4月15日に入学式兼開校式が行なわれました。2月21日に付属小学校の合格発表があってから、わずか2カ月足らずという短期間での設立で、新1年生は男子22名、女子14名、計36名、先生は学校長兼土井信男、石黒冨貴子(師範学校付属小学校教官)の2名でのスタートでした。〟
  

2010年03月27日

雲雀丘学園の歴史を知る

昭和63年頃の高校校舎.jpg ≪昭和63年当時の校舎≫                     
 
  雲雀丘学園は本年、人間で言えば還暦にあたる「創立60周年」を迎えますが、まさに激変する環境下にあって、創立の原点に立って新たな第一歩を踏み出すことが必要であると感じています。60年という歳月は2世代にあたるため、当時のことを知っておられる人はほとんどおられないと思います。私自身も本学園での勤務が4年ということで、正直なところ過去のことは皆目解りません。そこで、創立の精神を確認するため、初代の中学・高校校長である板倉操平氏の「わが心の自叙伝」を読み返してみました。この中で、改めて本学園は他の私立学校のように校主によって造られた学校ではないということを痛感しました。
  板倉氏の自叙伝には「父兄(保護者)が創業者であり、先生が協力し、生徒が又一体となって造り上げた学校である。何等の設備もなく、教室さえ無い所から学校教育が始まった。小学校の当初は、既設の幼稚園に間借りし、工事事務所を買い取って学校とし、中学校も小学校の空教室へ新一年生を入れて授業を始め、時には物置までも教室にした。・・・(中略)・・・ 年次を加える毎に、先生も増員せられ、設備も一応は整ったが、しかし、既設の他の私立学校、公立学校に比ぶれば、職員組織も整わず、設備も不備であった当時の卒業生第一回、第二回の連中は其の後の成績は最も優秀であり、現在も社会で大いに活躍している。・・・(中略)・・・ 設備も整い職員組織も充実した其の後の生徒諸君、其の日の生活に安住していると、創業時代の卒業生に及ばぬ結果となる。今は守成時代に入ったが、あくまで創業時代の意気込みを忘れてはならぬ、生徒先生も。」と叙述されています。
  中学校が創設されたのは学園創立3年後の昭和28年(1953年)であり、翌年の昭和29年(1954年)には鉄筋校舎(旧の高校校舎)が完成しています。それから56年が経過し、今回の新校舎が建設されることになったのです。
  この創立60周年という節目にあたって、本学園の創立の精神や歴史を学び、語りついでいかなければと思っています。

2010年03月26日

高校新校舎完成

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  待望の高校新校舎が完成しました。先日、理事会の開催前に鳥井理事長にも校舎内を見ていただき、午後からは建築委員のメンバーを中心にすべての施設や備品等の最終確認を行ないました。
  まだ、机や椅子が搬入されていませんが、旧校舎に比べると教室や職員室のスペースは2割強、廊下は1割強広くなっているため、全体的にゆとりが感じられます。また、窓が大きく自然の光を採り入れており、ロッカーや扉は淡い鶯色で統一されているため、明るい印象を受けます。新校舎の5階からは遠く伊丹や大阪市内が見下ろすことができます。4階には〝ヒートアイランド現象の防止〟と〝屋上面への断熱効果〟を狙いとする屋上緑化の工事が施行されています。これまでの屋上緑化とは異なり、土の代わりに新素材「パフカル」という人工培土を使用し、水・栄養・空気を効率的に供給する水耕栽培型の直裁ユニットで、〝クリーン〟で〝軽量〟というのが特徴です。やがて、屋上一杯に緑の絨毯が広がることでしょう。このような恵まれた教育環境の中で勉強できる生徒や教鞭をとることができる先生は本当に幸せだと思います。この校舎建築にあたっては、安井設計事務所、竹中工務店をはじめ、実に多くの方にご支援をいただきました。心より感謝申し上げます。
  
  なお、この週末には職員室の移動、31日には竣工式、4月に入ってからは備品類の搬入を行ない、4月6日の竣工披露式典を迎える予定です。

2010年03月25日

平成22年度理事会・評議員会の開催

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  3月25日(木)、10時より「平成22年雲雀丘学園理事会・評議員会」が開催されました。本学園では、各企業の代表者や地域の著名な方々、学識経験者、PTA代表の皆さんに理事や評議員への就任をお願いしており、適宜ご意見やアドバイスをいただいています。
 本日は、冒頭、鳥井理事長からご挨拶があり、役員・評議員の選任、平成21年度の事業報告・決算見込み、学園60周年事業等の報告が行われました。次いで、松下常務理事から私学を取り巻く環境や他の私学の動き、学園の教育並びに経営方針についての説明があり、平成22年度事業計画・予算案の承認決議がなされました。その後中学・高校、小学校、雲雀丘幼稚園、中山台幼稚園からそれぞれ22年度の教育ならびに経営方針についての説明を行ないました。私は、最初にこの3年間で取り組んできた学校改革の振り返りを行ない、続いて来年度の重点取り組みについてお話しました。お蔭様で、これまでは生徒募集や進学実績では比較的順調に推移してきていますが、来年は正念場を迎えることになるのは間違いありません。本校では、中期の視点に立って、一貫選抜コースが中学1年生から高校3年生まで揃う〝2013年〟を目指して、さまざまな取り組みを行なってきています。
  しかし、現在、私学を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。特に、経済情勢、公立高校のクラス増(大阪府)や複数志願制(兵庫県)、大阪府と兵庫県の公立高校無償化に伴う私学対応の違い等、本校にとっては数多くの逆風が吹いてきています。
  本日出席いただいた皆さんからは、人間教育のあり方、進路の実現、生徒の確保、教職員の資質向上、部活動の活性化等についての貴重な意見をいただきました。このような素晴らしい理事・評議員の皆さんにご支援いただけるというのも本学園の強みの一つではないかと感じています。課題は山積していますが、試練を前向きに受け止め、創立60周年を機に更なる飛躍を目指していきたいものです。

2010年03月24日

青いバラの開発

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  先日の高等学校の卒業式で、来賓である本学園の松下常務理事から、サントリーが開発した『青いバラ』の話をいただきました。実に感動溢れる内容ですので、今回紹介します。

  〝52期生の皆さんに、お祝いの言葉として『青いバラ』の話をします。
  バラは5,000年前から栽培されていましたが、品種改良が始まってから800年になります。バラというと「赤」が主ですが、今では白・黄・ピンクなど様々な色のバラもできてきましたが、これまで青いバラはできなかったのです。青いバラ、英語でいうとBlue Roseは、辞書に「不可能」を意味すると書いてあります。
サントリーは「やってみなはれ、やらなわかりまへんで」というのをモットーにしている会社ですが、1990年に青いバラにチャレンジすることにしました。このプロジェクトにあこがれてサントリーに入社し、中心となって研究した植物科学研究所の主任研究員 勝元さんに先日会って話を聞いてきました。
  まずひとつの花に数万個ある遺伝子から、青色遺伝子を抽出すること。次にその青色遺伝子をバラの細胞に入れる方法を開発すること。毎日気の遠くなるような実験をします。昨年やっと発売にこぎつけましたが、この間20年の歳月をついやしました。研究所で実験のため咲かせたバラは2万株です。
勝元さんは20年を振り返って、「絶対できるはず」という気持ちを持ち続けたのが、成功の原因だといいます。やっている本人が「無理じゃないかな」と思ってしまったら、もう終り、ひとつ失敗しても失望せず、「これがダメだということがわかった」という点では前進したと考えたそうです。
  そして、成功して、うれしい手紙を受け取ったそうです。
岡山に住んでいる難病と戦う小学生を持っているお母さんからです。娘さんの病気は、現在の医学では完治の方法が見つかっていません。しかし、「不可能の代名詞」といわれた「青いバラ」ができたのを聞いて、娘さんが「いつか必ず治る日が来る」と希望を見いだし、「感動と勇気をありがとうございます」と書いてあったそうです。
  こういう手紙をもらえたということだけでも、青いバラの成功の意味はあったと、私は思いました。
皆さんの人生はこれからが本番です。研究者が「どんなことでも簡単にできることはあまりないが、やってやれないこともあまりありません」と言っていました。自分のやりたいことにチャレンジしてください。
最後に「青いバラ」の花言葉を紹介します。
「夢はかなう」です。
皆さんのこれからの人生に幸多かれと祈ります。ご卒業おめでとう!〟

  私もこのお話を聞いて本当に素晴らしいと感じました。できるかできないかは能力の差というより、強い思い・執念の差であるのは間違いありません。最近はうまくいかないと、すぐにあきらめてしまうという傾向が強くなりつつありますが、何事も粘り強くチャレンジしていくことが大切であると思っています。

2010年03月23日

修了式を終えて

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  3月23日(火)、本年度の修了式と離任式を学園講堂で行ないました。最初に生徒会役員の司会による表彰の後、修了式において次のような話をしました。

  〝先程、皆さんに表彰状をお渡ししましたが、これだけ多くの表彰を受ける生徒がいる学校は少なく、本当に素晴らしいことであると思います。皆さんはこの一年間、色々な面で成長し、それぞれ進学・進級することになりますが、今日は「感謝」と「自立」というテーマでお話したいと思います。
今、2頭の馬がいたとします。1頭は何日も食べ物をとらず水も飲んでいません。もう1頭は食べ物も水も十分とっています。この2頭の馬を湖のほとりに連れて行ったとします。皆さんは、どちらの馬が水をたくさん飲むと思いますか? 当然喉の渇いている最初の馬ですね。
  現在、地球には68億人が住んでいます。しかし、今から110年前の1900年当時の人口はわずか17億人、今の四分の一に過ぎません。言い換えると、世界の人口はこの110年間で4倍になっており、なお年間では8000万人ずつ人口が増えています。これは1日に直すと22万人、1分間では150人ということになります。今世紀半ばには恐らく90億人を超えるでしょう。世界には十分な食べ物もない人が数多くいます。また、電気、ガス、水道のない生活をしている人が80%を占めています。そして、皆さんのような子ども達は労働力として欠かすことができません。何キロも離れたところまで、水汲みに行っています。学校に行きたくても行けません。このように勉強したくてもできない子ども達がたくさんいるのです。
  これまで、皆さんは1年間、仮校舎で勉強してきました。この間、不自由なことがあったかもしれません。でも電気もあり、エアコンもついており、蛇口をひねると水も出ましたね。もし、この校舎を恵まれない国の子ども達に提供したら、どれだけ喜ぶことでしょう。皆さんは、今の生活を当たり前のように考えていませんか?学校に行ける、学校で勉強できる、また大学に行けるということは、本当に恵まれた凄いことなのです。お父さん、お母さんをはじめ多くの人に感謝して欲しいものです。
  皆さんは、お父さんやお母さんからよく“勉強しなさい”と言われていませんか?勉強は人に言われてするものではありません。皆さんは自分ひとりで生きているわけではありません。多くの人に“生かされている”のです。つまり、多くの人達から助けてもらっているのです。皆さんが勉強しているのは、将来社会に出て多くの人たちを助けるためなのです。自分のことは自分でするという気持ちで、これから約半月間の春休みを過ごしてください。皆さんが「早寝・早起き・朝ご飯」といった規則正しい生活を心がけ、しっかりと勉強してくれることを願っています。〟

2010年03月22日

これからの学校経営~来年度の計画づくり

  本年度も残すところ一週間になりました。既に分掌長や学年主任・担任等の人事は今月初めに発表しているため、来年度の計画についてはそれぞれのメンバーで検討していただいています。その後、先週土曜日(20日)の職員会議において「学年担任」や「一人一役運動の担当」「クラブ顧問」の発表を行ないました。そして、午後からは来年度から新たに赴任される先生方に来校していただき、事前のオリエンテーションを行ないました。この中で担当していただく授業についても説明し、教科書をはじめ関係の資料をお渡ししました。学校全体の計画は既に作成しましたが、分掌や学年、教科等の責任者に対しては、「誰が」「何を」「いつまでに」「どうする」というタイムスケジュールをしっかりと詰めていただくようお願いしています。
  仕事の基本はPLAN-DO-CHECK-ACTIONというサイクルを回していくことですが、〝仕事は段どり八分〟と言われるように、計画がしっかりしていることが何よりも大切です。現在、本年度の振り返りを含め来年度計画の個別のヒアリングを実施しており、新学期が始まるまでにすべてのヒアリングを終了する予定です。
  また、全ての教職員を対象に、来週の23日を期限として『経営提言』を出していただくようにしています。経営にあたってはトップダウンとボトムアップの両方が必要ですが、学校はフラット型組織になっており、企業等に比し教職員の自由裁量は大きくなっています。これからの学校経営にあたってはボトムアップが非常に大切になってくると思います。しかし、これは自分の思い通りにやるということではありません。成果をあげるためには、各人がバラバラに行動するのではなく、あくまで他の人の協力を得ながら組織的な行動をしていかなければなりません。
  これまで出していただいた提言についてはすべて目を通しましたが、採用できるものが多くありますので、検討の上、来期の経営計画の中に取り入れていきたいと思っています。

2010年03月21日

プラス思考で前向きに生きる (Ⅱ)

  過去の歴史が証明しているように、今回の不況も新しい技術革新が起き時代が変わるチャンスであると前向きに受け止めることが大切です。日本の現状については「資源がない」「人口が減少する」「急速に高齢化が進む」「地震が多い」といったことがマイナス要因としてあげられます。しかし、資源がないといっても周囲が海で囲まれているため、海洋面積は世界第6位でほとんどが未開発です。人口が減るといっても1億人を超えている国は世界193カ国の中で、わずか11か国しかありません。また高齢化については多くの国が早晩経験することであり、日本が仮に医療や年金等の問題を解決するノウハウを確立すれば、これは素晴らしい財産になります。地震が多いということで、住宅や原子力発電所の耐震基準や予知の取り組みでは先行していますが、最近世界で大地震が頻発していることを考えると、これも大きな武器になります。更に、世界に誇る環境技術や販売ノウハウ等も数多く有していますし、何と言っても日本人が本来有している〝もったいない精神〟や〝相手に対するおもいやり〟や〝共生〟〝日本食〟〝伝統文化〟といったものはこれからの国際社会において大いに役立つことになると思われます。
  今後、世界の人口が急増する中で、グローバル化がますます進展することになり、活躍する場はどんどん広がります。しかし、急速に世の中が変化するため、折角身につけた専門知識もすぐに陳腐化してしまうことになります。これまでのように一旦専門知識を習得すれば何年にもわたってこれを活用することにより、安定した仕事に就けるということはなくなってきます。言い換えると、どの大学を出たかということは大きな意味を持たなくなり、真の実力がためされることになります。従って、社会に出てからも絶えず新しいことへ挑戦する、新しい知識・技能・ノウハウを取り入れ錆つかさないようにする、という姿勢が大切なのです。また、色々な国の人達と共に働くということも必要になってきます。当然のことながら語学力やプレゼンテーション能力はもとより、グローバルな視点が求められます。突きつめると社会で活躍するためには、知識・情操・意志の三つのバランスがとれている事が大切です。知識には「基礎知識」「専門知識」「一般常識」といったものが含まれますが、これらは比較的点数ではかれるものが多いようです。そして情操には「おもいやり」「真心」「素直な心」「感謝」「情熱」といったものがあり、意志には「ゆるぎない志」「我慢強い」「根気」といったものが含まれますが、これらは点数ではかれないものなのです。言い換えると、社会で活躍するためには「点数ではかれる力」と「点数ではかれない力」の二つが必要になってくるのです。そして、このベースにあるのは、人間としてのしっかりとした根っこです。
  これからは常に人生を通じて人間力・人格をしっかりと磨くと共にプラス思考で前向きに生きるという姿勢を持ち続けて欲しいと思います。

2010年03月20日

プラス思考で前向きに生きる (Ⅰ)

  学校改革の一環として「コース制」を導入した最初の学年である52期生が卒業して一ヶ月が経過しました。本校ではこれまでほとんどの生徒が上級学校に進学していますが、これが最終目的ではありません。本校の教育の基本的な考え方は〝将来社会で役立つ人材の育成〟です。これから更に研鑽を積み社会で大いに活躍してくれることを心より願っています。しかし、社会においては与えられたことだけをこなしていくだけでは不十分であり、自分の人生は自分で切り開いていくという姿勢が必要です。
  そのために『プラス思考で前向きに生きる』というテーマで、心がけて欲しいことを取り上げてみました。なお、このエッセンスは先日発刊された学園機関誌『ひばり』に掲載されていますが、これから2回に分けてこの内容を掲載します。

  〝今、世界はまさに新しい時代の幕明けを迎えようとしています。石油を核とする工業化社会からの脱脚、アメリカ一極集中体制からBRICsを中心とした世界多極化体制への移行、地球温暖化をはじめとする環境問題への対応、人口爆発に伴う食料・水・エネルギー対策等課題は山積しています。これらに加えて日本では少子高齢化が進展し年金や医療問題、増加し続ける国家債務の削減等の抜本的な改革が迫られています。また、最近の雇用情勢を見ても非常に厳しいものがあるため、若い人達の中には日本の将来について不安を抱く人も多いのではないかと思います。特に今の高校生以下は全員が平成生まれで、日本の元気な姿を知りません。従ってどうしても縮み思考になりがちですが、これではいつまで経っても閉塞状況は打破できません。これからはプラス思考で前向きに取り組んでいくことが何よりも大切です。
  既に太平洋戦争後60年以上が経過し、戦後の日本のことを知る人も次第に少なくなりつつあるため、ここで戦後のわが国の歩みを整理してみたいと思います。終戦当時の日本の状況は衣・食・住のどれをとっても今とは比べ物にならない厳しいものでした。しかし、国民一人ひとりが何とか国を復興しようという強い思いを持って努力を重ね、世界から奇跡といわれるような目覚しい経済発展を遂げたのです。そしてGDP世界第2位の経済大国としての地歩を築き上げましたが、この間は必ずしも平坦な道のりではありませんでした。オイルショックや円高というさまざまな逆風を受けながら知恵を搾り出し、この難局を乗り切ってきたのです。しかし、この繁栄も束の間、90年代に入り、一転してバブル経済が崩壊し、その後遺症にもがき苦しむことになってしまいました。そして、急速なグローバル化の波に乗り遅れ、やっと回復の兆しが見え始めた矢先にリーマンショックに端を発した世界恐慌により再び経済の停滞が生じてしまったのです。更に中国をはじめとする新興国の台頭により、技術立国としての基盤も揺るぎ始めています。このように考えると、まさに今日本はピンチの真っ只中にいるのかも知れません。
  しかし、冷静に見ると厳しい時代であるからこそ、逆に大きなチャンスが待ち受けているのです。というのは過去の歴史を紐解くと、不況の時に時代を変える画期的な技術革新が起きているからです。このことは、人間は危機になればなるほど智恵を絞り出すということを如実に物語っています。トヨタ自動織機が自動車部を設置したのは1933年、コピー機やポラロイドカメラが開発されたのは1937年(世界恐慌後)、コンピュータの開発は1945年(第2次世界大戦後)、ソニーがウォークマンを発売したのは1979年(第2次石油ショック後)、グーグルの設立は1998年(アジアの金融危機後)、アップルがiPod発売したのは2001年(ITバブル崩壊後)です。このように考えると〝不況は新たな技術が生まれ、人が育つ絶好のチャンスである。〟ということになります。〟
 ≪続く≫

2010年03月19日

第55回雲雀丘学園中学校卒業式を終えて

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  3月19日(金)、奈良東大寺二月堂のお水取りも済み、本格的な春の訪れを感じさせる暖かな天候の下、第55回目となる中学校の卒業式を行ない、165名に卒業証書をお渡ししました。私は式辞の中で「感謝」と「感動」という二つのことを取り上げました。この内容を紹介します。
  一つ目は、〝感謝〟です。
  皆さんは、これから高校に進み、ほとんどの人が3年後には大学に進学しているのではないかと思います。皆さんはこのことをあたり前のように考えていませんか。でもこれは凄いことなのです。
  今、世界には68億の人が生活しており、これからも増え続けていきます。そして、世界の人口は1日に22万人、1年では実に8千万人ずつ増加し、今世紀半ばには90億人に達すると言われています。
  しかし、現在の日本のように豊かな生活を享受できているのはこのうちのごくわずかな人達だけです。以前、『地球が100人の村だったら』という本が出版されました。皆さんの中にもこの本を読まれた人もいると思います。これによると半数にあたる50人が十分な食べ物がなく栄養失調になっています。そして、80人が電気やガス、水道のない住居に住んでいます。勿論テレビも冷蔵庫もエアコンもお風呂もシャワーもありません。何キロも離れたところまで水を汲みに行かなければなりませんが、この仕事は子ども達の重要な役割になっています。そして、驚くべきことに70人は文字が読めません。大学に行ける人はわずか1人に過ぎません。このように世界には勉強したくても学校に行けない子ども達がたくさんいるのです。また、現在、地球の裏側のハイチやチリでは大地震の後の復興が遅れ、人々は苦しい生活を余儀なくされています。イラクやアフガニスタンのように、テロの恐怖におののきながら生活している人も数多くいます。
  このような人達がいる中で、今皆さんはこうして卒業式を迎えているのです。本当に恵まれていると思いませんか。皆さんが今日こうして卒業式を迎えることができたのも、お父さんやお母さんをはじめ、多くの人達のお陰なのです。人間は一人で生きている訳ではありません。食べる物も着る物も自分でつくっている訳ではありません。お互いに助け合って生きています。これから皆さんは常に感謝の気持ちを持って生活していってください。
  二つ目は、〝感動〟です。
  人の人生は一回限りで、後戻りはできません。だからこそ、この一回限りの人生を充実したものにしていくことが大切です。皆さんは、充実した人生とはどういうものだと思いますか。私は、どれだけ多くの感動をしたかで決まる、言い換えると〝感動の回数に比例する〟と思っています。感動のない人生は実に味気なくつまらないものになるでしょう。何事にも困難はつきものですが、目標が高ければ高いほど、また、懸命に努力すればするほど、達成した時の感動は大きいものです。皆さんは失敗を恐れず、高い目標に向って果敢に挑戦することにより、感動溢れる人生を送って欲しいと願っています。
  人生はよくマラソンレースに例えられますが、皆さんのレースはスタートしたばかりです。現在、皆さんは8キロ地点を走っており、まだ全体の5分の1のところにいるのです。皆さんのこれからの人生には必ずしも平坦な道ばかりではなく、険しい山や深い谷もあると思います。しかし、どのような時にも、雲雀丘学園中学校の卒業生であるという誇りを持って、『感謝』と『感動』を胸に刻み、前向きに人生を切り拓いていって欲しいと心より願っています。 

2010年03月18日

これからの学校経営~予算のゼロベース化

  高度成長や安定成長期においては、国も地方も企業も年々収入が増加するため、新しい取り組みを始めたり、現行の取り組みを強化することができます。しかし、現在の日本は、かつてのような経済成長は見込めなくなってきているため、ほとんどの部署で収入が少なくなってきています。従ってさまざまな見直しが必要になってきますが、この際留意しなければいけないのは一律カットという考え方を避け、資源の集中と選別を行なうということです。言い換えると思い切って、新たな取り組みを始めたり、逆にこれまで続けていたことをやめたり、大幅削減していかなければなりません。改革に成功したところは例外なく思い切った手を打っているのです。このことをやらずに現状を何とか維持していこうという考え方では改革は進みません。ましてや一律に削減率を決めていくという安易なやり方では、すべてが中途半端になってしまいます。
  一方、学校においても少子化が進み、生徒数が増えないため、これまでの経営のやり方を見直していかなければなりません。しかし、学校改革の必要性が叫ばれて久しいにもかかわらず、なかなか前年比ベースという考え方から脱却できていないのが現状です。この結果、重点を絞って予算を配分するというよりは、“原則は前年比一律カット”というようなやり方になってしまうようです。
  本学園は本年、創立60周年という節目を迎えますが、これを機にあらゆるものを原点に戻って見直していきたいと思っています。現在、来年度の学校経営計画を策定中ですが、高校の新校舎建設を柱として、ゼロベースでの予算を検討していきたいと考えています。

2010年03月17日

これからの学校経営~明るい改革を進める

  現在、残念なことに日本はいたるところで閉塞感に包まれているようです。〝このままでは駄目だ、何とかしなければ〟ということで改革の必要性が叫ばれていますが、必ずしもうまくいっていないというケースが多いようです。
  日本という国一つを見てもGDPの2倍にあたる巨額の債務を抱え、これが増え続けているにもかかわらず、一向に歯止めがかからない状況です。また、企業においても同様の現象が数多く見られます。そして、最終的にどうにもならなくなって、倒産したり、痛みを伴うリストラを断行するということになってしまいます。一つの家庭を例にとると、収入を上回る支出があり、これが毎年続くと破綻するのは目に見えています。しかし、この当たり前のことが国や企業というレベルになると放置されてしまうということが多いのです。まさに、〝ゆでガエル現象〟と言わざるを得ません。
  さて、教育界を見ても実に多くの課題を抱えています。その最大の原因は少子化、つまり児童・生徒数が増えないということです。今、多くの企業は遅まきながら世界の新興市場の開拓を加速し始めています。しかし、学校の場合は国外に出ていくことは困難な状況であり、パイを増やすという方策は見当たりません。この点においては、学校経営は企業経営以上に難しい面があります。
  言い換えると、児童・生徒数が増えるという前提に立った〝右肩上がりの学校経営〟は成り立たないということです。しかし、現在のシステムは生徒急増期に構築されたものが大半です。早急にこれらを見直していかなければ経営に行き詰まる学校が次々と出てくるのは間違いないと思います。
  改革は体力のある間にやるというのが鉄則です。追い詰められてからでは暗い改革になってしまいます。まさに全員が危機意識を共有し、〝明るい改革〟を進めていくことが大切であると思っています。

2010年03月16日

五十二期生卒業記念品

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  去る2月20日の五十二期生の卒業式からほぼ一ヶ月が経とうとしています。その後、国公立大学の2次入試が行なわれましたが、多くの生徒達が結果の報告に来てくれました。先生方も生徒達の入試結果を気にかけており、「合格」の知らせを聞くと自分の事のように喜んでいます。生徒や保護者の方も時々校長室に立ち寄られますが、「先生、雲雀丘に来て、良かったです。最後まで面倒見ていただいたお蔭で合格することができました。心より感謝しています。」という声を聞いた時は、実に嬉しい気持ちで一杯になります。
  現在は国公立大学の後期入学試験の合格発表待ちの状況ですが、来週には多くの生徒が結果報告に来てくれると思います。まだ進路先が確定していない生徒もいるようですが、最終的には全員の進路結果を把握して、今後の方向付けをしていきたいと思っています。
  さて、五十二期生からは卒業記念品として、『観賞用・水の流れるオブジェ』、『マホガニー製の花飾り台』1台と『磁器製花器』3点(青磁・白磁・ウエッジウッド各1点)、『記念樹・山桜1本、大島桜』2本をいただきました。
  花台と花器は中央棟玄関に飾らせていただいています。記念樹は昨日、現在里山風植栽を計画している運動場東側の斜面に植樹しました。学園の発展と共に大きく育っていくことと思います。また、当初、食堂南側に予定していた水の流れるオブジェは運動場に近すぎてボール等が当たり破損の恐れもあるので中央棟階段の植え込みに設置することにしました。学校に来られた時には是非ご自身の目でご確認ください。

2010年03月15日

第一回探求研究発表会の開催

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  3月13日(土)、10時から一環選抜コースの中学1年生と2年生を対象に『第一回探求研究発表会』を開催しました。
  本校では、中学一貫コースの生徒を対象に、週一回「探求」の授業を行なっています。これは、自ら考え、学ぶ姿勢を身につけ、今後の学習内容に興味を持たせることを目的とした授業です。そのため、一人ひとりが自分自身で興味を持ったテーマを選び、調べ、まとめるということにしていますが、分野は「芸術」「スポーツ・健康」「衣食住」「国際」「言語」「文学・歴史」「文化」「福祉」「社会」「政治経済」「教育」「情報メディア」「科学技術」「医療」等実に多岐にわたっています。そして、各人が選んだテーマに応じて教科担当の先生が指導にあたることになっています。
  今回は中学2年生が2年間の授業を終えるため、代表者8名による発表でしたが、全員がパワーポイントを使って堂々とプレゼンテーションを行ないました。自分で見つけたテーマを半年もの月日をかけて調べまとめているため、どれも内容が充実していました。また、中1からも2名の生徒が民族学博物館で学習し、興味を持ったものを調べた内容の発表を行ないました。先輩たちの発表を見て来年度の活動の参考になったのではないかと思います。
  私は最後に「社会では問題が与えられるわけではない。自ら課題を見つけ、調べ、考え、行動することが大切である。皆さんは8年後、9年後には社会に出ることになるが、将来どういう分野の仕事につきたいのかを自分自身で考えて進路を決めて欲しい。」という話をしました。
  これから生徒達が自分自身の将来の進路をしっかりと切り開いていって欲しいと思っています。

2010年03月14日

私たちにもできる支援

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宝塚てくてく 第254号より

  この度、地域情報誌『宝塚てくてく』に〝私達にもできる支援〟と題して、先日のハイチ大地震復興募金の記事が掲載されましたので、紹介します。

  〝「ハイチの子供たちへ支援の募金をお願いします!」
 2月13日午前、宝塚阪急とJRを結ぶ陸橋で、行く人たちに声を掛ける雲雀丘学園中・高等学校の生徒会執行部、有志、先生の17人。
  1月12日、中米のハイチで発生した大規模地震の悲惨な様子は電波に乗って全世界を駆け巡った。それを見た同学園の生徒会長の三原淳希君(高1)は、何か自分たちにもできることはないかと、生徒会で募金活動を提案した。
 親を失った子供、食料や医療品などの支援物資が届かない子供たちのために「子供への支援の一助」として先ず、校内で募金活動(1月)、さらに多くの人に呼び掛けたいと、この日街頭に立った。
  足早に通り過ぎる人たちが多く、募金の目的が記されているチラシさえも項での受け取ってもらえない事も。それでも生徒たちは元気な声で募金を呼び掛け続けた。そんな中、小さな子供が10円玉を握り締めて近づいてきたり、通り過ぎたのに引き返してくれた人があったりした時、生徒たちの顔が輝き、「ありがとうございます」の声も一段と弾む。
  生徒たちや募金者の思いが寄せられた約11万円は、ユニセフに送られる。そこでハイチの子供たちのために使われることでしょう。〟

  また、引き続いて起きたチリ地震に対しても3月6日(土)、同じ宝塚阪急とJRを結ぶ陸橋で募金活動を行ないました。多くの方にご支援をいただき、学校での募金と合わせて27,715を寄付させていただきました。皆様のご厚意に心より感謝申し上げます。
  生徒達が困っている人達に目を向け、〝まず自分達でできることをやる〟という気持ちをこれからも持ち続けて欲しいと思っています。

2010年03月13日

カナダ研修事前説明会の開催

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  3月13日(土)午後、今年の夏に実施する予定のカナダ研修旅行の事前説明会を開催しました。この研修はできるだけ早い時期に海外での生活を体験することにより、国際的な視野を身につけさせることを狙いとしています。
  平成14年からスタートし毎年夏休みに実施していますが、これまでやむを得ず二回中止しました。一回目はトロントでのSARS発症、二回目は昨年の新型インフルエンザです。そのため今年は7回目ということになります。参加対象は中学2年と3年ですが、これまでこの研修に参加した生徒の中から高校に進学後、リーダーとなる生徒達が数多く出てきています。
  今回は、昨年に引き続いて現地のスタディー・アブロードの責任者であるヘレン先生がお越しになり、プリンスエドワード島の紹介ビデオを使って研修の説明をされました。その後、二年前の研修旅行のDVDを紹介しました。説明会への参加者は生徒、保護者合わせて80名、40組以上ということになりましたが、この中には昨年度申し込みされた方も含まれています。
  これからはますますグローバル化が進むことになり、地球規模の視点で物事を考えていかなければならなくなるのは間違いありません。物の考え方も宗教も生活習慣も異なる人達との交流を通じて、〝共生〟していくことが何よりも大切です。日本の常識は世界の非常識、反対に世界の常識は日本の非常識ということが多いのも事実です。若い時期に外から日本の国を見るという経験をするということは、将来大いに役立つことになるのは間違いないと思います。是非、積極的に参加して欲しいと思っています。

2010年03月12日

大学入試の合格状況

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  国公立大学の二次入学試験の合格発表がほぼ出揃いました。本日発売の週刊誌にもそれぞれの高校の合格状況の速報が掲載されています。
  本校は3年前に学校改革の一環として、〝高等学校へコース制〟を導入しました。そして、今年は新コース制の下に、入学してきた最初の生徒達が卒業する年にあたっており、生徒や保護者をはじめ、塾や中学等多くの方から進学結果か注目されているのではないかと思います。当然のことながら、本校の教職員もこの一週間は〝自分達が取り組んできた成果がどうなるのか〟を期待と不安の入り混ざった複雑な気持ちで過ごしてきました。
  まだ最終ではありませんが、昨日まで把握できている状況をお知らせします。これによると生徒達と先生方の頑張りで昨年の実績を大きく上回る結果になっています。  (  )内は昨年実績です。

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  私は民間企業で永年勤務していましたが、この経験を通じて言えるのは〝名前の通った大学を出た人が活躍しているケースが圧倒的に多い〟というのは事実です。この理由としては、能力的に高いのは勿論ですが、高い目標に向かって努力し、これを達成してきたという自信が大きいのではないかと思います。一方で、有名大学出身者がすべて持てる力をフルに発揮していないケースも散見されました。本人の学歴を見て驚くことが多かったのも事実ですが、これらの人に欠けていたのは「物の考え方」×「熱意」×「能力」という公式の中の「物の考え方」と「熱意」だと思っています。
  これまで、本校の生徒達はどちらかと言うと最後まで粘り切るという気持ちがやや弱かったということは否めませんが、本年度は今日からの国公立大学の後期入試を受験している生徒も数多くおり、頼もしく感じています。
  なお、このホームページの『進路のへや』に国公立大学の合格状況の詳細を掲載していますが、3月末にはすべての結果がまとまりますので、改めて公表したいと考えています。


2010年03月11日

大学進学にあたって

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  3月11日(木)、午前中は中学生、午後からは高校生を対象に毎年恒例の人権教育映画会を開催しました。
  この後、高校1年生の学年集会が開催され、久しぶりに生徒達に〝大学進学の意義や進路実現のために取り組んで欲しいこと〟についてお話しました。高校の3年間というのはあっという間で、生徒達が入学して、既に1年が経過しました。
  現在、先日卒業した52期生の国公立大学入試の結果に関心が集まっていますが、2年後には現在の高校1年生が同じ立場になっているのです。大学入試センター試験までは22ヶ月、AOや公募推薦入試ということになると18ヶ月ということになります。
  その中で私が特に強調したのは次の5点です。
  ①達成可能な低い目標ではなく背伸びした目標を設定すること。そして、最後まで目標を下げないこと。
  ②早くスタートすること。高校における家庭学習は最低でも2000時間は必要であり、この壁を破ること。
  ③ペースを守ること。寝る時間、起きる時間、勉強を始める時間の「三点管理」をしっかり行なうこと。
  ④「継続は力なり」という言葉があるが、とにかく続けること。3か月で効果が現れる。
  ⑤チリツモ作戦でやること。チリも積もれば山となる。1日の細切れ時間を集めて、30分の時間をつくり、これを日々積み上げていくこと。年間300日としても150時間になる。

  大学に進学することが最終目的ではありません。将来、社会で役立つ力を身につけることが大切なのです。そのためには、どの分野に進みたいのか、どういう仕事に就きたいのかを自分なりに考えて学部や大学を選ぶことが大切です。これから2年生になるまでには、約1ヵ月弱の時間がありますが、この間を有効に使って自らの適性を考えると共に受験に向っての計画を立て、目標に向ってスタートして欲しいものです。

2010年03月10日

「第60回雲雀丘学園小学校の卒業式」に参加して

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  3月10日(水)、第60回目となる雲雀丘学園小学校の卒業式が行なわれ、来賓として出席しました。
10時から始まった卒業式は、5年生の縦笛の演奏と全員の拍手で144名の卒業生を迎え、開式の辞に続き国歌・学園歌を斉唱し、卒業証書の授与が行なわれました。
  月組・星組・雪組・虹組毎に担任が氏名を読み上げると、卒業生は「はい」と元気よく返事をして起立し、一人ひとりが登壇して、「ありがとうございます」というお礼の言葉を述べ校長先生から卒業証書を受け取っていました。
  式辞の中で、校長先生は京セラの稲盛和夫名誉会長とバンクーバー・オリンピックで銅メダルに輝いた高橋大輔選手の生き方を取り上げ、人生の夢に向かって努力することの大切さを話されましたが、卒業生は熱心に聞き入っていました。次いで常務理事からサントリーが実に20年の長い歳月をかけて開発に成功した青いバラの話が紹介されました。このお話は先日の高等学校の卒業式でも紹介されましたが、心を打つ感動溢れる話題であり、多くの人に聞いていただきたいものです。この内容は機会を見つけて別途紹介したいと思っています。その後、在校生送辞や卒業生答辞も立派に行なわれ、「この星に生まれて」(卒業の歌)、「ほたるの光」(送別の歌)で、約2時間にわたる式は厳粛なうちにも暖かな雰囲気の中で終了しました。
  生徒達はそれぞれの中学に進学することになりますが、新たな生徒や先生、より高いレベルの授業等との出会いがあることでしょう。人生にとって最も多感な中学と高校の6年間は将来社会に出て活躍するための基礎づくりという意味では極めて大切な時期にあたります。気持ちを切り替えて力強く中学生活をスタートして欲しいと思いました。

2010年03月09日

あきらめた時が失敗

  社会で活躍している人に共通しているのは〝たゆまぬチャレンジ精神〟ではないかと思います。何事も高い目標を達成することは容易ではありません。懸命に努力してもうまくいかないことの方が多いのです。このような状況に陥った時にどのような気持ちになるかによって、人生は大きく変わると言っても過言ではありません。すぐに諦めてしまう人や目標を達成可能なレベルにまで引き下げる人も多いと思います。また、再チャレンジしても挫折してしまうこともあるでしょう。そして、二度、三度と挫折を繰り返して、最終的にはあきらめてしまうことが多いのではないかと思います。
  パナソニックの創業者であった松下幸之助氏は〝僕には失敗はない。何故なら成功するまでやり続けるからだ。〟と言って、決して諦めることはありませんでした。また、京セラの名誉会長である稲盛和夫氏は〝世の中に失敗というものはない。チャレンジしているうちは失敗はない。あきらめた時が失敗である。〟という言葉を残しておられます。
  このように社会で成功されている人は、何事に対しても諦めずに挑戦し続ける姿勢を有しておられます。まさに、できるかできないかは能力の差ではなく、執念の差であるということです。
  最近の風潮は「目標を持たない」「仮に目標を持っていても達成可能な低いレベルで留まっている」また「すぐに諦めて目標を切り下げてしまう」ということではないかと感じます。しかしこれでは、最終的に成功することはできませんし、人間的に成長するということも期待できません。学習にしてもスポーツにしても高い目標を設定し、これを何とか達成しようと努力することによって成長がはかれるのです。
  今はまさに受験シーズンの真只中であり、努力してもすべてがうまくいくということはないかも知れませんが、成功するまで挑戦し続けて欲しいと思っています。

2010年03月08日

スマナサーラ老師の講演

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  3月8日(月)、学園講堂にてスマナサーラ長老のお話をお聞きしました。本校でスマナサーラ師の講演が開催されたのは5年前ですが、その長老が再び学園を訪れて、中1~中3を対象にお話いただきました。
  スマナサーラ長老は1945年にスリランカで生まれ、13歳で得度(仏門に入ること)されました。そして、1980年に来日され、現在日本においてスリランカの上座部仏教(テーラワーダ仏教)の僧侶として、上座部仏教の教義やヴィパッサナー瞑想を普及させる上で中心的な役割を果たしておられます。
  本日の講演のテーマは『よい親もよい先生もあなた次第』でした。その温厚な人柄に、どんな人なのだろうと少し構えていた生徒達の緊張感も一気に和らぎ、休憩時間や質疑応答の時間では積極的に中1生からも質問が出されました。老師は仏教とは今この場で役に立ち、自ら実践し理解する智慧(ちえ)の教えであることを説かれました。そして、日々の生活において、発想を転換することで、幸せに生きていけるという話をしてくださいました。
印象に残った言葉を以下に紹介します。
〝皆さんが親や先生から言われたとおりにやっていればロボットになってしまう〟
〝皆さんの力でよい親を育てることも、良い先生を育てることもできる。そのためには、お母さんのご飯はおいしいよという一言、2週間か1ヵ月毎に両親に書く手紙、先生、かわいいね、カッコいいねという言葉が大切である。〟
〝心から感謝し有難うという言葉を言える子どもになって欲しい。〟
〝人より先に笑うことにより、すべての人を見方にすることができる。ひいては世界を味方にすることが可能になる。〟
〝人生は自分ひとりでは成り立たない。すべての組み合わせでできている。〟
〝人生を楽しく生きるコツは自分の命は色々な人のお蔭であると考え、まず周りの人を幸せにすること。〟

  本日、生徒達は普段学校では学ぶことができない貴重なお話を聞けたのではないかと思っています。これを機会に生徒達が自らの人生を考えてくれることを願っています。


2010年03月07日

第9回修学旅行ホームページコンクールに入選

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  この度、雲雀丘学園中学校が『第9回修学旅行ホームページコンクール』に入選しました。このコンクールは、修学旅行に関する学校のホームページを対象に、優れた取り組み事例を募集・顕彰し、広く全国に向けて情報配信を行なうものです。主催は「財団法人 全国修学旅行研究協会」で、「文部科学省」や全国高等学校長協会/全日本中学校長会/全国連合小学校長会/日本私立中学高等学校連合会/株式会社朝日新聞社等の後援になっています。
  今回は第9回目を迎えますが、全国の高等学校、中学校、小学校の公式ウェブサイトに掲載された、平成20~21年度実施の修学旅行(前年度の既参加作品は除く)に関する内容が対象です。各学校による修学旅行に関わる学習内容や、インターネットの活用等の面において様々な工夫が見られるものなど、今後の実践の上でも大いに参考になるものの中から受賞校を選出することになっています。
今回は『文部科学大臣奨励賞(大賞)』と『高等学校部門』『中学校部門』『小学校部門』の優秀賞が各1校ずつ、『入選』4校が発表されましたが、本校はこの1校に選ばれました。
  また、高等学校部門の優秀賞は私の前任校である大阪府立芦間高等学校が選出されており、嬉しく思いました。以下、審査に当たっての本校に対するコメントを紹介します。

  ≪沖縄でテーマを環境に絞っている所が新しい。○豊富な写真とシンプルなHP構成です。○現地の様子、生徒の感想などが掲載されており、活動内容が解りやすいです。○ブログ形式の為、本年度の取組みがどこから開始しているのかがわかりにくいので、年度ごとに区分けするなどすると、見る人が興味を持ちやすいのではないでしょうか。○事後学習はやや弱いように見受けられます。○事前学習の取組みや現地からのリアルタイムの更新で、臨場感が感じられます。≫

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2010年03月06日

日々懸命に生き抜く

関学④.jpg 大阪府立大学③.jpg  大学説明会の風景

  3月6日(土)、今週火曜日から5日間にわたって実施されていた定期考査が終了しました。生徒達は緊張から解放され、晴れ晴れとした表情で帰宅の途につく者、早速部活動を始める者等さまざまでした。しかし、スポーツも学習も芸事も共通しているのは、終わった後にしっかりと反省して次に備えるかどうかということです。〝反省なきところ進歩なし〟という言葉がありますが、今回の試験でできなかったところは、確実にできるようにしておいて欲しいものです。
  一方で、本日、一部の国公立の入学試験の結果が発表されました。これから順次合否の結果が判明することになりますし、既に私立大学の合格発表のピークは過ぎています。当然のことながら、第一志望の大学に合格することができた生徒もいれば、希望が叶わなかった生徒も出てきます。しかし、大学受験で人生が決まる訳ではありません。何故なら大学進学は手段であって、最終目的ではないからです。たまたま希望の大学に入学したからと言って、その人の人生が保証されるということはありません。これからの世の中は〝どの大学を出たか〟ではなく〝何ができるか〟〝何をしてきたのか〟がポイントになります。
  要は、常に努力を怠らないという姿勢が何よりも重要なのです。一時の成功や失敗に一喜一憂するのではなく、一日一日を懸命に生き抜いていけば必ず道は拓けていくと思います。

2010年03月05日

完成間近な新校舎

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H22.3.2 職員室041-1.jpg H22.3.2 交流スペース 047-1.jpg

H22.3.2 理科教室 088-1.jpg H22.3.2 調理教室128-1.jpg

H22.3.2 教室100-1.jpg H22.3.2 LEDダウンライト134-2.jpg

  待望の高校新校舎も外装がほぼ完了し、内装部分の最終仕上げの段階に入っています。クレーンも撤去され、校舎の全貌が明らかになって来ました。
  これまで、毎月第一週の火曜日に安井設計事務所、竹中工務店、学園の幹部や建築委員による定例の建築綜合会議を開催してきましたが、今週の火曜日が最終の打ち合わせということになりました。会議の後、メンバー全員で新校舎の中に入り、普通教室や演習教室を見学しましたが、ほとんど完成しており、後は備品を搬入するばかりになっています。校舎全体は採光に配慮されており、非常に明るい印象です。また、最上階からは大阪の町が一望できます。今後の予定は校舎の周辺の道路のコンクリート打ちを行ない、宝塚市による建築確認の後、25日に受け渡し、31日に竣工式、4月6日に披露式典を行なうことになっています。
  そして、新学期から生徒達も先生も新校舎で学校生活を送ることになります。職員室もすべて新校舎に移転されることになりますので、先生方にはこの際に思い切って不要なものを捨て、すっきりとした形で引越しできるようにお願いしています。
  まだ、一般の人の立ち入りはできないため、校舎内の様子を写真で紹介します。

2010年03月04日

チリへの緊急支援

「チリ大地震緊急支援 街頭募金」
・日 時 2010年3月6日(土) 13:30~15:30 
・場 所 宝塚駅前(阪急電車とJRを結ぶ陸橋付近)

  先般、本校の生徒会では、校内・街頭でハイチ地震復興支援の募金活動を行なってきました。おかげ様で、多くの皆さまから暖かいご協力をいただき、合計11万円をハイチ復興支援募金として日本ユニセフ協会を通じ、送らせていただくことができました。
  そのような中、今度は南米チリ中部コンセプシオン近くで、現地時間2月27日未明(日本時間同日午後)、マグニチュード(M)8・8の地震が発生しました。巨大地震のエネルギーは、阪神大震災に比べて300倍以上に相当するそうです。
  地震のエネルギーについては、かつてこの校長通信でも紹介しましたが、マグニチュードが0.2あがるとエネルギーは2倍になり、1上がると32倍に、2上がると実に1000倍になるのです。TVでもこの地震による津波の報道がされましたが、ほぼ地球の裏側で起こった巨大地震にもかかわらず、日本でも千島列島北部で2.2メートルの津波が観測され、東北地方を中心に大きな被害が発生しました。
  ハイチに次ぐ悲報に対して、国連をはじめ各国政府も緊急支援を表明しましたが、現地では日毎に死者の数が増え、治安が乱れ略奪が横行しているようです。
  このような状況を受けて、本校でも生徒会が中心となり、早速ハイチ復興支援の募金活動と同様、とりわけ子ども達への支援に重点をおいた支援活動を行なうことを決定。毎日、校舎入り口に立ち登校中の生徒達や先生方に募金を呼びかけています。この結果、既に多くの人からかなりの募金を集めることができました。
  また、今週末には宝塚駅前でのチリ緊急支援の街頭募金を行なう予定です。ハイチに続いて度重なる募金活動になりますが、ご協力をお願いします。

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2010年03月03日

思わぬ出来事

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  3月3日(水)、早朝JR尼崎駅での信号機トラブルの影響で、運行ダイヤが大幅に遅れることになりました。本校の生徒は神戸線や宝塚線、東西線を利用している生徒が多く、しかも本日は定期考査二日目です。早速JRに状況を確認すると共に、職員朝礼で生徒達の登校状況を確認することを徹底しました。この結果、8時45分時点では相当数の生徒が登校できていないことが判明しました。そのため、校内放送を通じて〝考査開始時間を遅らせる。そのために1限目を自習にする。〟ことを伝えると共に9時前に緊急連絡網を使って考査を遅らせることをお知らせしました。その後、9時15分、更に9時45分と生徒の登校状況を確認し、最終的に10時から考査を開始しました。それでも登校できていない数名の生徒がいたため、別室を準備して時間を遅らせて試験を受けてもらいました。
  このため、考査の終了は12時50分になりましたが、すべての先生の協力で無事終了することができました。また、今日は食堂の営業時間も午後1時過ぎまで延長していただくことになり、多くの生徒が利用していました。
  このように学校では日々予期せぬ出来事が起こり、対応が迫られています。どちらかといえば学校は危機管理体制が弱いと言われてきましたが、不測の事態にいかに迅速かつ的確に対応できるかが極めて大切です。これからもあらゆる面でしっかりと危機管理を行なっていきたいと思っています。
  生徒の皆さんは長時間にわたる通学や試験の大幅遅れ等大変な一日だったと思いますが、気持ちを切り替えて明日以降も全力投球してください。

2010年03月02日

稲盛和夫氏の言葉

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  高等学校の卒業式でも取り上げた稲盛和夫氏のエピソードを紹介します。
  稲盛氏は28歳の時、わずか28名の従業員で京都市中京区の西の京原町という京都のはずれにあったある配電盤メーカーの倉庫を間借りして京セラを創業されました。そして、その当時には従業員の前で「西の京原町で一番の会社になろう。ここで一番になったら中京区で一番になろう。次は京都で、更に日本一になり、世界一を目指そう。」とことある毎に語りかけておられました。
  しかし、西ノ京原町には京都機械工具という自動車の整備に使うスパナやレンチをつくっている会社があり、更に中京区には島津製作所があったのです。これらの会社を抜くということは、当時の京セラの実力からすれば、誰が見ても全く身の程知らずのものだったのです。それでも〝京都一・〝日本一の企業になる〟と毎日思い続けていくうちに、いつの間にか自分自身でもあたり前のように思えてきた。そして、ついに目標どおり、京セラを世界一のセラミックメーカーにまで育てあげることができたとのことです。
  稲盛氏は夢を実現するために、次のような言葉を残されています。
 〝どんな遠い夢も、思わない限りはかなわないし、そうありたいと強く心が求めたものだけを私達は手に入れることができる。そのためには潜在意識にしみこむまで、思って、思って、思い続ける・・・夢を語ることはその行為の一つであり、実際に私達はそうすることによって大きすぎる夢を実現してきた。 
  強く思わなければ何事も成就しないのは当然です。実現するかしないか、成功するかしないかは能力の差ではなく、まさに執念の差であると言っても過言ではないと思っています。

2010年03月01日

高校新校舎~植物栽培

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  本校では環境教育の一環として野菜などの植物栽培に取り組んでいます。
  まず、昨年の5月に食堂の前の花壇に生徒会でサントリーフラワーズ㈱から頂いたトマトのポット苗を植えつけました。カラスや鳥を防ぐためにネットを張る等の管理をした結果、たくさんのトマトの実を収穫することができ、食堂のランチに添えて生徒達に提供しました。
  また、学園グランド東側の空き地の有効活用をはかることにし、5月末にパワーショベルで約50㎡を耕していただいた後、肥料として宝塚市グリーンセンターから木の屑チップ1tの無償提供を受けました。この結果、荒地が立派な畑に生まれ変わることになり、7月初めに中学2年生でサツマイモの苗200本を植え、環境をテーマとして開催したワールドチルドレンサミットinHIBARI(10月)に合わせて収穫しました。
  更に、グランド北側でのダイズの栽培や仮校舎の南側でのゴーヤ栽培も行ないました。特に中学3年生が中心になって植えつけたゴーヤは、教室の窓を覆うまでに大きく成長しグリーンカーテンの役割を果たすことになりました。そして、夏の日差しを和らげ、室温の上昇を抑えて省エネに大いに貢献しました。
  現在は、昨年11月に生徒たちと植え付けた大根とえんどうが順調に育ってきていますし、プランターに植えたチューリップやパンジー等も間もなく美しい花を一杯に咲かせてくれることでしょう。
  本年度はさまざまなトライアルを行なってきましたが、新校舎の建設を機に、これらの植物栽培を計画的に進めていきたいと思っています。